タブー2
「光輝、鷹瀬から聞いたぞ、家を出たんだって?」
服部に呼ばれて光輝は、人文学科の服部の部屋を訪ねた。
「反対されてた、佐伯先生の英訳の仕事を受けたんです。」
服部は光輝にコーヒーを差し出す。
「それで親子喧嘩か・・・」
一難去ってまた一難・・・服部も息つく暇も無い。
「そんなに悪い事ですか?」
服部はため息をつく。
「お前ら親子は、どうしてそんなに佐伯にハマるんだ?」
因縁か・・・・
「あいつのせいじゃない」
馨を庇う光輝の気持ちは判る。馨は被害者だ。
「下手すると、お前は家族を失う。俺としても智香子には、もう佐伯馨という男を近づけたくないと思っているし・・・・」
「親父は佐伯の事、どう思っているんだろう」
自分のカップを持って、服部は光輝の向かい側に座る。
「自分と同じになって欲しくないんだろう。」
キッと光輝は服部を見返す。
「俺は親父と違う」
頷きつつ、服部はコーヒーを飲む。
「だろうなあ・・・」
似ているが根本的に、光洋と光輝は違う。多分、馨は光輝に先に出会っていたなら、こんな不幸は無かっただろう・・・
「忘れられないんだろ?」
諦めるしかない。光洋の時もそうだった。分別を失っていた・・・
服部は煙草を取り出し、火をつける。
「何で、佐伯なんだ?他じゃ駄目なのか?」
光輝にもそれは判らない、何故こんなに気になるのか・・・
「お前にはちゃんと結婚してもらいたい」
だろうな・・・光輝は笑う。
「それに、父親の元愛人と深い仲になるのは、ややこしいぞ。色々見えてきてなあ・・・」
引き返すなら今だ。光輝もそう思う。判っているのだ・・・いるのに・・・
「3年間、佐伯だけを見つめてここまで来た。やっと再会できたのに・・・」
反対しても、無駄だとわかっている、光洋の時に体験済みだ。
「お前ら親子は、走り出したら人の話なんか聞かないからな・・・」
それでも心配だ。
「卒業後は、部屋借りて住むのか?」
服部の心配は、もっぱらそこにある。
「俺も探してやる、心配するな」
いつも頼りになる伯父・・・親子ともども世話になっている。
「すまない、伯父さん、迷惑かけるね」
迷惑・・・光洋にかけられっぱなしだ。服部は苦笑する。しかし、憎めない。彼は光洋が好きなのだ。
そして・・・光輝も。
「俺と佐伯って、そんなにミスキャストか?」
そんなに真剣に訊かれては、服部も答えにくい。
「タブーだろ?親子で同じ男って・・・」
服部は、きわめてモラリストである。
「それほどか・・・近親相姦じゃないんだぜ。つーか、俺に責任無いぜ。」
光輝は無罪を主張する。
「モラルの問題もそうだが、踏み込むと苦しくなるぞ。」
それは、馨にも言われた事。
「どっちが辛いかなあ?佐伯無しの人生と、タブー犯して突き進むのと・・」
光輝・・・・
追い詰められた甥の、寂しげな横顔を見つめる。
「佐伯は・・・なんて言ってる?」
馨の出かた次第だろう。
「受け入れてはくれない、俺は”鷹瀬教授”の息子なんだから・・・」
馨の為にも、光輝は彼に近づくべきではない。
(何処まで佐伯は傷を引きずるのか・・・光輝を見続けていて、あいつが鷹瀬から開放される訳がない)
「佐伯のために、身を引けないのか?」
何度も何度も考えた。しかし・・・・どうしても出来なかった・・・・
「それは、どうしても出来ない。いっそ、再会しなければよかったのか?」
光輝の頬を涙がつたう・・・・
「あいつが、俺の事、嫌いでもいいんだ。傍にいたいんだ。だって・・・あいつ、一人なんだぜ。」
本気だ。
服部は確信する。光輝と光洋とは違う。だからといって事態は変わらない。
「家族捨てられるのか?お前。」
すでに家出状態になっているが・・・
「忘れるな、鷹瀬は昔、最終的にお前をとった。」
父親の立場を離れなかった・・・・
「親父を裏切るな、といいたいのか?」
服部には判る。馨が光輝を愛している事が。愛ゆえに、彼は光輝から完全に手を引いた事を。
しかし、光輝が馨の中にどんどん踏み込めば、どうなるか判らない。
光洋とは、激しい愛情の後、憎しみに変わり、光輝とは、激しい憎しみの後、愛情に変化した・・・
地に堕ちた天使は、再び天を目指す、太陽神を掴もうとしても仕方ない事。
彼を抱擁できるのは、太陽神しかないのかも知れない。
が・・・・
「お前が、お前だけが心配なんだ」
利己的かもしれないしかし、服部は甥だけを守りたい。彼は、妹と義弟の為に昔、馨を犠牲にした。
今も、甥のためになら馨を犠牲に出来る・・・・
「だから、だから、佐伯はいつも一人なんだ。誰もあいつを守ってやらない。俺はあいつを親父みたいに捨てたりしない。」
そんな光輝だからこそ、馨を救えるのだろう。それは判っている。しかし、そのために光輝は多くの代償を払うことになる。
「伯父さん、俺が必要としているんだよ。俺が望んだ事なんだよ。」
本物の、真剣な愛だから、リスクを負い、傷つく。
光洋の恋愛は馨に出会うまで、リスクなどなかった。
自分は・・・・
服部は自問自答する
妻と自分の関係は・・・
見合い結婚だ、条件が悪くなかったから結婚した、妻は良妻賢母で、自分も浮気などしたことは無い。幸せな家庭だ。
しかし、光輝のように命がけな真剣さは、ない気がする。
模型のような家庭・・・それでもいいと思っていた。普通、それが幸せと言うものだ。
情熱に身を任せて、堕ちるなど愚かなことだ。そんな危ない橋を何故、渡るのだ・・・・
が・・・
光輝も、光洋も、血を流しながら、自分が決して手に入れることの出来ない宝石を抱いた。
それが善か悪か・・・そんな事はどうでもいい。
ただ、彼らは毒の甘美さを知り、自分は、そんなものとは無縁なのだという事・・・・
(見守るしかないのか・・・・・)
なす術もなく、服部は甥を見つめていた。
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