タブー 1
あれから、父、光洋とは疎遠になった。
光輝は大学の寮に入り、光洋とは必要以外の言葉は交わさない。
このままの状態が、卒業まで続くのだろうか・・・ため息をつく・・・
「鷹瀬?」
光輝が行なった英訳の確認をしながらふと、馨は光輝の浮かない顔を見上げる。
「ああ、なんでもない。でさあ・・・一番訳しにくいのは和歌、韻とニュアンスを考えると、なかなか・・・」
「それは、ある程度、仕方ないな・・・フランス語の詩の和訳が、本来の音楽性を表す事が出来ないように、逆もアリかと・・・」
リビングにノートブックを置いて、二人頭をつき合わせている。
「佐伯って、英語もそこそこできるんだろ?」
父から、そんな話を聞いたことがある。
「しょせん、高校英語止まりだよ。」
「頭いいよなあ・・・」
「お前ほどじゃない」
放課後、週1の割合で、光輝は馨と作業の確認と打ち合わせをしている。
なるべく、馨の意思にそった英訳をしたいと努力している。
「今、寮生活か?」
「ああ」
智香子の為に光洋は、光輝に入寮を許した。
「卒業後は?」
そう、部屋を探さなければならない・・・
「何処か探すよ」
自分が選んだ道なのだ。
「1年間、出版社と、専属で契約したから、生活も何とかなるし」
「いいのか?それで?」
光洋は、息子に大学教授になる事を望んでいるに違いないのに・・・
「親父が心配なのか?」
光洋が息子をどれだけ愛しているか、馨にはわ判るだけに辛かった。
「親不孝だと思うか?でもさ、親なら、息子が幸せな人生を送ることを願うんじゃないのか?」
(これが、お前の幸せだというのか?)
馨は光輝を見つめる。
「後悔だけは、したくないんだ。」
今を一生懸命生きている事は伝わる。
しかし、やはり光洋は、光輝が馨と一緒にいることは、よく思わないだろう。
「親父、お前に何か言ってくるか?」
「いや。」
あれから光洋は、馨と接触してはいないようだ。光輝は少し安心する。
「鷹瀬が古典デキるから・・・理解も深くて助かるよ」
馨の言葉に光輝は笑う
(そうだな・・・親父は古典、苦手分野だもんな・・・)
「薫の大将は・・・」
え?
馨は光輝を見つめる。
「生まれつき、香りをその身に纏っていた・・・」
光輝は、そう言いつつ馨の肩に頭をもたせかける。
「蝋梅の香りがする・・・」
「気付いていたのか?」
馨は光輝の方を向く
「本当に、これは天然なのか?人工的なものじゃなくて?」
かすかな・・・かすかな・・・香り。しかし、心に確実に浸透して侵してゆく・・・
「自分じゃ判らない。」
「じゃあ、誰かに言われて気付いたのか?かなり、近寄らないと判らないよな。隙間が無いくらい、くっつかないと・・・」
光輝の言わんとしている事は判る。光洋に指摘されるまで、誰からも、そんな事は言われた事が無かった。
初めは馨も、ただの口説き文句かと思っていた。しかし、蝋梅、と具体的に言われれば、信じざるを得ない。
「自分では判らない」
「何かそれ、フェロモンぽくないか?」
馨は呆れて、光輝の頭を自らの肩からはずす。
「変な事言うな」
そう言って、光輝から少し離れる。
「犬みたいに鼻が利くんだな。お前」
ははは・・・光輝は笑う。
「お前が、その気になったら、落ちない奴なんていないよな」
「そんな事ないさ」
そう。光洋は最終的に息子をとったのだから・・・
「教授には、お前が一番なんだ。親不孝するなよ」
判る、それは・・しかし・・・
「こればっかりはなあ・・・うん。譲れない」
いつの間にか、光輝のいる空間に慣れて、馨はいつしか光輝の来訪を待ちわびている。
孤独など、長い間、感じなかったのに。
光洋と付き合っていていた頃の、逢いたくても逢えないもどかしさ、待つ時の心のざわめき・・・
そんな昔、感じた想いが溢れてくる
お前といると、寂しくなる・・・・
それは甘え。
判っている、
「俺、お前と逢って別れた後、無性に寂しいんだ」
ポツリと言った光輝の言葉に、馨はどきりとする。
「卒業したら、ここに間借りしたら駄目かな・・・」
冗談ぽく言う光輝。だが、馨は冗談ではなくなっている。
「この仕事終わるまででいいから・・・その方が都合がいいし・・・」
複雑な思いに黙ったままの馨を見て、光輝は慌てる。
「ああ、下心とかはないぞ。家賃は払うし・・・部屋が見つからなかったらの話だけど・・・」
傍に誰かがいるという感覚は、どんなものなのか・・・・馨は物思いにふける・・・
甘えてしまって、だんだん弱い自分になるのではないかと言う不安が胸を掠める。
「駄目かな・・・」
二人になって、再び一人になった時の喪失感は言い知れない・・・
もう、あんな思いはしたくない・・・
そう思う
「俺とも、距離を置いた方がよくないか?」
そうしなければ、依存してしまいそうで怖かった。
「もう、離したくないよ」
光輝は馨の肩を抱きしめた。
「本当は、死ぬまで離したくない。お前に、好きな奴が出来たら身を引くなんて言ったけど無理だ。」
光輝・・・昔、女学生に冷たい目をして、別れを告げていた光の君はもういない。
「ずっとお前の傍にいたいよ・・・」
「もう、遅いから、寮に帰れ。」
そうい言って立ち上がるのが、馨の精一杯だった。
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