ミスキャスト 4

 

 

現在の馨の担当をしている坂下昇は、笑顔で馨を会議室に招きいれた。

「とうとう、先生の本の英訳担当が決まりました」

訳者は出版社に一任していたし、馨には、あまり興味が無い。

「そうですか・・・」

「なかなかいいキャステングなんですよ〜これが」

そう言って会議室のドアを開ける坂下。

開いたドアには・・・・・

馨の母校の学長と・・・・鷹瀬光輝が座っているのが見えた。

(まさか!)

いぶかしむ馨に坂下は紹介する。

「ご存知ですよね、母校の学長さんと・・・鷹瀬教授の息子さん。」

彼らは立ち上がり。頭を下げる。

「いや佐伯君、鷹瀬君は忙しいと断られたんだが、息子の光輝君が引き受けてくれたんだ」

(そんな事が・・・・)

声も出ない馨に、坂下は笑顔で椅子を勧める。

「まあ、お座りください。彼は先生の教え子なんでしょう?凄い縁ですよね」

青ざめて席につく馨に、学長は説明する。

「今、彼は大学生だが、ウチのトップで、父親にも引けをとらない実力者だ。安心したまえ」

「最善を尽くしますので、宜しくお願いいたします」

光輝も改めて挨拶をする

(鷹瀬・・お前・・・)

眩暈がする・・・・・出版社側も、学校側も乗り気だ・・・・もう断れない。

 「鷹瀬教授は許可されたんですか?」

馨はふと、そう訊く。

 「いえ、父は反対しています」

「大丈夫さ、立派にやり遂げれば、鷹瀬君も認めてくれるよ」

学長は楽観的にそう言う。

「はあ・・・」

これも・・・因縁なのか・・・それとも・・・運命?自分から激しく拒む事は、かえって危険だ。

馨は諦める。

 

「顔合わせ以降は、お二人で打ち合わせて、進めてください。」

坂下はそう笑って言った・・・

 

 

 

「鷹瀬、本気か?」

出版社から戻り、馨は光輝を自分のマンションに招いた。

コーヒーを差し出しつつ、馨は光輝を見つめる。

「迷惑か?」

馨の気持ち・・・それだけが気がかり・・・・

「お前の為には、よくない」

「俺の事はいい。俺はどうなってもいい。ただ、お前の傍にいたい。」

「鷹瀬・・・・」

馨は自分のカップを持って、ダイニングの席に着く。

「お前に好きな奴が出来たら、身を引くから。俺の事、愛してくれなんて言わないから。」

高校生のあの頃よりも、さらに真剣な眼差し・・・

「何のために?お前はそこまで・・・」

あの頃とは、すっかり変わってしまった光輝に、馨は驚く。

「お前の事、幸せにしたい・・・」

ふっ・・・馨は苦笑する

薄利多売の光源氏の変わりように、馨は呆れる。

「あれから、お前が行ってから、俺は誰も愛せなくなった。心をお前に占領されて、お前の事しか考えられなくて・・・・」

そうか・・・・

再会した時、馨が感じた光輝の美しさはそれだったのか・・・

ただ、一点を見つめて進む真摯な美しさ・・・

「今のお前は美しい、出会った時の奔放な輝きなど、比べ物にならないくらい」

「お前が惚れるくらい、いい男になるって決めたんだ」

いや・・・

最初から惹かれていた。輝く太陽神、アポロン・・・

「家、出るよ。親父が怒っているし、お袋にも顔向け出来ないし・・・」

「そこまでして、することか?」

光輝が急に心配になる。彼は馨の為に、家族も捨てかねない。

光輝はテーブルに置かれた馨の手に、自らの手を重ねる。

「もう、離したくない、ここでお前を送ると、また何処かに行きそうだし」

馨は切なく笑う

「駄目だ、俺とお前はミスキャストだ。」

出会う前から禁じられていた仲・・・

「親子でも、兄弟でもなんでもないじゃないか・・・どうして?」

「お前は気にならないか?気にしないといっても、気になるだろう?教授を見て、俺との事、想像しなかったか?。

俺といると、その中に教授の痕跡を見ることになる。繋がれば、それは確実だ。」

光輝は何も言えない。

確かに最近、父が恋敵に見える。最愛の男の過去の愛人・・・・その思いから抜けられない。

「俺もそうだ。お前を見ていると、教授を思い出す。お前は父親似だからな」

「まだ、親父の事?」

馨は首を振る・・・

「そういう意味じゃない。多分、繋がった事実は、永遠に消えない、そういうことだ。」

親父の中にも馨がいるのか・・・・そんな繋がりが光輝には羨ましい。

「だから怖いんだ、戯れに人を愛する事は、無理なんだ」

戯れじゃない・・・・光輝は唇を噛む。

「すまない、俺は弱いから・・・」

馨の微笑みは、あまりにも哀しい・・・・光輝は馨の左手をとって引き寄せる。

「俺は、お前の重荷を一緒に背負ってやれるよ」

そう言って、手首の傷跡にくちづける。

「忘れろよ、親父なんか!最初から、あいつはお前を愛する資格なんか無かったんだ。俺は・・・俺は・・・」

資格があるというのか・・・・光輝は自問自答する

答えは・・・・NO

自分は、高瀬光洋の・・・馨を愛して捨てた男の息子なのだ・・・

涙が流れる・・・・

馨は、光輝のそんな姿を見かねて、立ち上がり光輝に歩み寄る。

そして優しく、後ろから光輝を抱きしめる

「お前のせいじゃないのにな・・・」

「親父の事・・・忘れられないのか・・・俺の事は?」

ゆっくり振返る光輝・・・近づいてくる光輝の顔・・・何の抵抗も無く触れる唇・・・

昔交わした貪欲なものではない、優しい・・・温かなくちづけ・・・

馨の瞳から涙が流れる。遠い昔、忘れていた温かい感覚が蘇る。

あまりの居心地のよさに、振り切れない。少しでも、そこにとどまりたい思いに駆られる。

おそらく、光輝なら、馨の欲しているものを与えてくれる。

 

しかし・・・

それは自己中心的な思い。

そのために馨は多くの罪を犯す。家族に対して・・・・

昔、光洋に家族を捨てさせかけた。そして今、光輝に家族を捨てろと言うのか・・・

 

迷いを振り切るように馨は顔を上げる。

「少しは、感じた?」

そんな事を言う光輝が可愛くて、馨は笑う

「笑うなよ」

でも、今までとは明らかに違う、優しい空気を感じる。

氷のような唇ではなく、人としての温もりを感じる。

「子供扱いしてるな!俺の事、幼稚だと思ってるだろ?」

駆け引きの無い恋をしている。光輝はそう、自覚する。それはなんと格好悪い事だろう。

相手に翻弄されて、あたふたして、どきまぎして・・・・

「違うな、明らかにお前は。」

姿は似ていても違う。彼は光洋ではない。

「何が?」

「愛し方が・・・親父さんと違う」

「じゃ、最後まで違うところ見せてやるよ。」

はははははは・・・・・

(本当に可愛い・・・)

馨に爆笑されて光輝は拗ねる。

「ヤル気ねえだろ!お前。雰囲気壊しやがって!」

「雰囲気なんて、もともと無いよ」

笑いが止まらない馨を見つめつつ、光輝はため息をつく。

過去の光源氏の姿は、もう無い・・・

 

光輝は気付いてはいない。馨の心が一瞬、揺らいだ事を。

悟られてはいけない。光輝を自分の犠牲にしない為に。

(いつまで拒みきれるんだろうか・・・)

笑顔とは裏腹に馨は心に不安を抱えていた。

  

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