ミスキャスト 3
自宅の、自分の部屋に入ると、光輝はベッドに倒れこむ。
ー佐伯、俺達やり直せないか?−
ーそれは勘弁してくれ。ー
ー恋人、いるのか?−
ー怖いんだ。誰かを真剣に愛する事がー
最初の愛に破れ、馨は臆病になっていた。
(しかし・・・このまま一人で一生送る気か?)
再会すれば、もう離さないと誓った。拒まれても、諦めないと誓った。
のに・・・・・くじけそうだ。
父親の昔の愛人と関係を持つなど、タブーに違いない。
何も知らない母を裏切る事になる。
何時しか、光輝は色々なものを背負っていた。
しかし、4年ぶりの馨は、笑顔ではあったが、寂しそうだった。
(まだ親父の事、忘れられないのか?)
馨の捨てていった腕時計を見つめる。馨の抜け殻・・・・・
昔は父の罪を償いたかった・・・・
今は・・・・
光洋とは関係なく、再会して、もう一度、心を交わしたい。出来るのかどうかは分からないけれど。
馨には誰かが傍にいてやらなければならない。もう二度と、寂しい思いをさせてはならない。
崩れそうなあの背中を支えてやりたい
愛されなくてもいいから、愛したい・・・
自分がいつの間に、こんな献身的な愛を持つようになったのかは不思議だが、馨と出会って、そして別れて、
そう思えるようになった。
−馨の為に、命を捧げる覚悟が出来ないなら、最初から関わるなー
なら・・・・・
(命を捧げられるなら、関わってもいいと言う事か?親父・・・)
佐伯馨の本当の笑顔が見たい・・・・
彼の幸せな姿が見られるのなら、なんでもする・・・・身を引く事も出来る。
(でも、あいつは一人なんだ。人を愛する事も無く、人から愛される事も無く。一人なんだ)
お前は一人じゃないと、俺がいると そう言って抱きしめてやりたい・・・・
「親父・・・すまん」
決意したように光輝は、馨の時計を握り締めた。
「光輝!」
次の日の夕方、光洋は光輝の部屋に怒鳴り込んできた。
「お前、翻訳の仕事、受けたんだって!」
今朝、学長に電話して、佐伯馨の書籍の英訳を引き受けた事がバレてしまった。
「おれ、翻訳の仕事に就きたかったんだ、いい機会だし」
今まで光輝に”佐伯馨”の情報を遠ざけていた苦労は、一瞬にして水の泡となった。
「他の仕事を回してやる。これは断れ」
光洋の横暴さに、光輝はカッとなる。
自分は妻子ある身で馨と不倫しておいて、よくもそんな事が言えるなと・・・
「親父、まだ、佐伯に未練あるんじゃないだろうな?」
光輝は、挑みかかるような瞳で光洋を見つめる。
「馬鹿な・・・」
光洋は動揺する。息子はもう、自分に対して、男の挑戦的な目を向けてくる。
(俺はもう、お前の父でなく、恋敵なのか?)
「昔の愛人、くれてやるのが惜しくなったのか?」
ガツン
光洋の拳が光輝の頬を殴る。
そんな目を息子に向けられる事、自体許せない・・・・
光輝は勢いあまってベッドに倒れこんだ。しかし、ひるまなかった。
「俺なら、親父みたいに佐伯を捨てたりしない。あいつを一人にしない。ずっと傍にいてやる。傷つけたりしない!」
「目を覚ませ!」
息子になじられ我を失くした光洋が、光輝の胸ぐらを掴み、怒鳴る。
その騒ぎに驚いて、智香子が駆け上がってくる。
「光輝、お父さん!どうしたの?」
「なんでもない」
我に返り、手を離すと、出て行く父の背中を見つめつつ、光輝は息をつく。
「光輝・・・」
心配そうに見上げる母・・・・・
(この人にだけは知られたくない。親父と馨の関係・・・俺と馨の関係・・・)
切れた唇から滲む血を拭いつつ、光輝は笑う。
「なんでもないよ。親父が断れって言った、英訳の仕事、内緒で受けたんだ・・・」
家を出ないといけない。
母から遠ざからなければいけない。母を見ると、決意が揺らぐ。そして・・・父と言い争う姿を、もう見せたくない。
「お袋、俺、大学の寮に入るわ」
訳が判らないまま、智香子は光輝を見つめる。
「光輝・・・・」
「お袋、ごめん・・・・」
(騙してごめん・・・裏切ってごめん・・・でも俺、佐伯と生きて行く)
譲れない想いを抱いて、光輝は俯いた。
父とも、少し距離を置こうと思う。過去を見ずに、馨と新しく出会い、新しく出発する為に。
たとえ、馨が拒んでも諦めない。
何時までも待つ自信はある。馨を傍で支え続ける覚悟は出来ている。
それがたとえ、叶わない思いであったとしても・・・・・・
ただ、馨が本当に愛せる誰かが出来るまででも、傍にいてやりたかった。
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