ミスキャスト 2

 

 

もう長い間、クリスマスイブを独りで過ごしている光輝は、一人町に出る。

友達と過ごす気にもなれず、恋人を作る気にもなれず、一人町を徘徊する。

 

ふと、大きな書店の前の行列に出くわし、光輝は立ち止まる。

(大売出しか?)

書店で大売出しとは珍しい・・・などと考えていると、行列から自分を呼ぶ声がした。

「鷹瀬先輩!!」

2年の英文学科の後輩、松田直美だった。

光輝に交際を申し込んで、断られた事のある元気女子大生。

フラれたわりには、あっさりとしていて、それからも光輝に懐いている。

「何してるんだ?こんな所で?」

「佐伯馨のサイン会、ここでしてるんです〜」

佐伯馨・・・・・・

驚いて声も出ない光輝に、直美はまくしたてる。

「有名な、美男古典作家ですよ〜平安王朝を舞台に、新しい感覚の恋愛小説を書く、現代の紫式部。才色兼備とは

佐伯馨のことなんですよねえ・・・・ニックネームは馨の君。今度新作の「紅の月」が出て、その出版記念のサイン会なんです」

いるのか・・・・・・佐伯が・・光輝の胸が高鳴る。

この行列の先に、佐伯がいるのか・・・・・

光輝も直美の後ろにつく。

「あら?先輩?馨の君のファンなんですか?」

「恩師なんだ。高校時代の」

行列を無視して、サイン会場に行く事も出来る。が・・・・会いたかった。

遠くから見るのではなく、馨に、自分の存在を知らせ、見つめて欲しかった。

「あ、そういえば馨の君は、ウチの大学の人文学科出身でしたよね。鷹瀬先輩 凄い縁ですね。」

もう、何も言う気がしなかった。

馨の経歴の中から、光洋との関係がバレないとも限らない・・・・

 「なあ、佐伯馨って結婚してるのか?」

直美なら馨のプロフィールも詳しそうだと思い、聞いてみた。

「それが・・・独身貴族なんですよね。仕事忙しいのかなあ・・だから女の人は皆、こういうサイン会で、馨の君の目に留まろうと必死なんですよ〜」

ああ・・・・それでこの人だかり・・・・光輝は納得する。

 

だんだん行列は進み、書店の大きなロビーに光輝は入ってゆく。

 −今度の作品は、男装の姫君と、頭の中将のラブストーリーで・・・ー

馨の声がした。 忘れた事の無い、最愛の人の声が・・・・

あたりを見まわすと、ロビーに設置されたモニターに、馨とインタビュアーとの対談が放映されていた。

 −ファンが気にしているようなので、お聞きしますが、先生の左手の傷は、どうされたのですか・・・ー

どきっ。光輝は凍りつく。

当然マスコミは、馨の心中未遂の痕を気にするはず・・・・・

 −はははは・・・−

明るく笑った。

馨は明るく笑った。光輝に見せた事の無い笑顔・・・・これが4年の歳月・・・・

 −聖痕ですよ。昔、神を愛して、その咎を負い、地に落ちた堕天使の印ですー

神を愛した・・・・・・光輝は衝撃を受ける。

もう彼には、光洋との事は、過去の事なのだ

 −さすが佐伯先生、表現が詩的ですね・・・−

 

「神秘的ですよね・・・自分を堕天使と言うなんて!でも、凄く似合ってる〜馨の君となら地獄に落ちても構わない〜〜」

・・・・・あほか・・・

光輝は、直美を冷めた目で見つめる。

彼女は、本当の恋の煉獄を知らない。昔の自分がそうだったように・・・・・・

 

命を捧げる気がなければ、関わってはいけない・・・・・

父の声が頭に響く。

(命って・・・もう魂 完全に抜かれちまったんだぜ・・・こちとら生きる屍さ・・・)

光輝はモニターを見つめる。

伏目がちの馨の美しい顔がそこにある。冷たさはない。が・・・その笑顔は何処か寂しげである。

(幸せか?佐伯・・・)

こんなに有名になっていたのに、光輝は何も知らなかった。

光洋が、テレビ、新聞、雑誌の佐伯馨に関する物を一切、光輝に触れさせないようにしていた。

 忘れて欲しい・・・・

それが唯一の願いだったのだろう。

 

それなら・・・

今、自分がしようとしている事は正しい事なのか・・・・

 

迷い迷い、列は進む。

 

階段を昇って、さらに列は進む。

 

昇りきると、遥か彼方にテーブルの前に座り、サインする馨の姿が見える。

(引き返すなら今だ)

 そう思うのに、足が動かない。

会いたくてたまらない。すぐ、そこに馨がいるのに、立ち去る事なんて出来ない。

父親の願いを打ち砕く事になろうとも、会わずにはいられない。

そうしているうちに、一歩一歩、馨に近づいてゆく・・・

光輝は鞄から手帳を取り出し、急いで何かを書き付けた。イチかバチか・・・・出会いを偶然にするか・・・運命にするか・・・

何時しか、前の直美の番が来ていた。

「お名前は?」

「松田直美です」

本に松田直美さんへ と書いて、自分のサインをする。

「先生、握手してください」

直美と馨は握手している・・・・・・

「先輩、お先に〜」

あっさりと直美は帰って行く。

「最後の方ですね」

そう言って、本を取り出し表紙を開く。

「お名前は?」

「鷹瀬光輝です」

え・・・・・・

驚いて顔を上げた馨と、光輝は目があった。

しかし馨は平常心を取り戻し、サインをして光輝に渡す。

光輝はそっと、周りの目を盗んで、手帳に書きつけ破いた、その紙切れをテーブルの上に差し出した。

「頑張ってください。応援しています」

そう言いのこして 光輝は去る。

 −一階のカフェで待っています。来て下さいー

紙にはそう書かれていた。

(鷹瀬・・・)

困ったように苦笑する馨に、出版社と、書店の店長は駆け寄ってくる。

「先生、お疲れ様でした・・・」

 

 

大きな書店のビルの一階は、カフェである。

人と待ち合わせるのに都合よくなっている。そして、最上階は劇場・・・・

光輝はコーヒーを注文して馨を待った。

来るか来ないかは判らない。しかし、待つという行為が何故か楽しく幸せだった。

「鷹瀬・・・」

グレーのコートを着た馨が目の前に現れた。

「メシ食うか?奢るぞ」

勝った・・・・そう光輝は思った。

そして、立ち上がると馨の後に続く・・・・・・

「何食いたい?」

「任せるよ」

 

 

 

 

「て、佐伯!マンションで出前の寿司食うのか?」

黙ってついてゆけば、馨は自分のマンションに光輝を連れて行き、寿司の出前を頼んだ。

「すまんな。最近マスコミに顔バレちゃって、うかつに外で誰かとは会えないんだ」

そりゃそうだろう・・・・

光輝は頷く。光輝自信、鷹瀬教授の息子だと言われつつの大学生活は、心休まる事は無い。

「生もの大丈夫か?」

ダイニングのテーブルに寿司をならべつつ、馨は訊く。

「俺は、刺身も寿司も大好物だ。親父と違ってな」

光洋は火を通していない物は口にしない。それを馨は思い出して大笑いした

「おお、ここの寿司屋、有名な所じゃん、いつもこんなの食ってんの?」

「お客さんが来たときは・・・」

 

そういえば・・・光輝は部屋を見渡す。

昔はワンルームに住んでいたが、今は結構広い。

「誰か来るのか・・・・」

「仕事関係さ」

笑いつつ、馨は茶を入れて差し出す。

確かに雰囲気は変わった・・・・・・昔の冷たさ、硬さは無い。光輝に対しても、昔の教え子くらいの感情しか表さない。

もう、総て過去になった。それが4年の歳月なのだ・・・・・

 

しかし、光輝には涙が出るほど、この再会は嬉しかった。

馨が自分を避けなかった事も嬉しかった。

 

「佐伯、逢いたかった。一度もお前の事、忘れた事なかったんだぞ」

ふふふ・・・・寂しげに笑う馨

「そう言ってくれるのはお前だけさ」

懐かしい・・・

過去の想いが溢れる・・・・こらえていた涙が光輝の頬を伝った・・・・

 

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