ミスキャスト 1
「光輝、コーヒー飲むか?」
大学の英文科の教授の部屋で、光洋が訪ねてきた光輝に尋ねる。
「ああ・・・気使わないでください」
ここで光洋は、自分の所属する英文科の教授。父ではない。
七光りだの、2世だの言われたくなくて、別の大学を受けようとしたが、結局父の大学に入った。
ここは、佐伯馨の母校。
万が一の確立で、会える可能性は無くはない。かすかな希望を胸にここに居る。
学長が進めるので、仕方なく、助手も勤めている。
「進路は決めたのか?」
コーヒーを光輝の前のテーブルに置き、光洋は向かいのソファーに座る。
大学院に進み、教授にと期待されているが、これ以上、鷹瀬光洋の息子と言われ続けるのは嬉しくない。
「高校の英語教師というのも悪くないかな」
まだ、佐伯馨の面影を消せないでいる。
そこへ学長が入ってきた。
「鷹瀬くん・・・お。光輝君も来ていたか、ちょうどよかった。例の佐伯君の本の英訳を・・」
佐伯・・・片時も忘れた事のない名前が耳に響く。
「その話は、お断りしたはずですが。」
光洋が慌てて打ち消す。
「しかし、せっかくじゃないか。ウチの大学で古典文学者が出て、それをウチの教授が英訳なんて・・・」
「何の事ですか?」
何も聞いていない光輝は、学長に詰め寄る。
「いや、佐伯君の源氏物語の論文の書籍、海外進出が決まってね。まずは、英訳して出版する事になったんだ。
それを鷹瀬君か、光輝君にどうかと、出版社が言ってきて・・・」
「学長!私は多忙で無理ですし、光輝は、まだまだ未熟で、翻訳などは無理です」
断固として拒絶する光洋に、何も言えずにいる光輝・・・
「もう一度考えてくれ・・・」
去ってゆく学長の後姿を見つめつつ、光洋はため息をつく。
「いい加減、諦めてくれないかな・・・」
「そんな話があるなんて、一度も仰らなかったじゃないですか!」
光洋はもう一度ため息をつき、再びソファーに座る。
「何を言っている。無条件NOだろう」
「教授!」
馨の名前が出ただけで、動揺する息子に、光洋は眉をしかめる。
「もう関わるな。忘れろ」
・・・・そうだ・・・
(これはミスキャストだ。俺と佐伯のカップリングはありえない。)
父の心配は痛いほど判る。しかし・・・・
「私達親子に関わる事は、馨の為にならない。マスコミは色々かぎつけてくる。またあいつは辛い思いをする事になる」
光輝の頬を涙が伝う・・・・
俺と佐伯が一緒にいると、佐伯に迷惑がかかる・・・・
「すまない」
光洋は俯く。どれほど息子が馨を愛しているか、判っている。
忘れられない想いを抱いて、4年の歳月を過ごしてきた光輝。
しかし、再び空に向かってはばたく天使を、地にひきもどす事は許されない。
佐伯馨は論文を書籍化し、学会ばかりではなく、文壇からも認められ、今では小説も書いている。
現代の源氏物語と言われる、平安王朝を舞台にした小説、「藍の衣」はベストセラーになり、
現代の紫式部と言われ、話題の人であった。
さらに、容姿の美しさから、若い娘からの支持も受けている。
今、そんな馨に、教授との不倫、心中未遂の過去が発覚すれば、格好のマスコミの餌食だ。
「もう、空に帰してやれよ。」
判っている・・・・
馨は、もう自分の手の届かないところに行ったこと。
でも・・・・
「俺は、やはり、親父が憎いよ」
光洋を見るたび、光輝は苦痛を感じていた。父の、その腕は昔、馨を抱いた。最愛の馨はこの男に・・・・
いつからか、自分は鷹瀬光洋の息子ではなくなっていた。
恋敵・・・・そんな愛憎入り混じった感情を隠して、光輝はこの場に居る。
(何故、俺じゃ駄目なんだ・・・)
「光輝・・・頼む。馨の事は忘れろ」
残酷な父の言葉に、光輝は憤る。
「俺の頭ぶち壊して忘れさせてくれよ」
「一度触れれば、その媚薬にやられる。佐伯馨はそういう男だ・・・・」
だから、忘れてくれ、と光洋は思う。
「馨の為に、命を捧げる覚悟が出来ないなら、最初から関わるな。ただの好いた惚れたで近づくと、
俺みたいになるぞ」
(最初から駄目なのか・・・俺達は。だったら何で出会ったんだよ!)
光輝は、鞄の中の腕時計を握り締める。
馨が、光洋の病室に捨てて行った腕時計を・・・・・
馨だけを見つめて過ごした4年間・・・馨を無くしてしまえば、何が残る・・・・・
大きなため息を、光洋はついた。
知っている。無理な事と知っている。
光輝と馨は切り離せない事を・・・
たとえ悪い縁であろうとも、この二人は必ず再会する事を。だから、なおさら引き離そうとするのだ・・・・
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