未来への翼 2

 

 その3日後、服部と供に光輝が父の病室を訪れた。

担当医は、退院可能と診断を下したのだ。

これ以上、光洋の入院を智香子に隠し通すことも難しくなって来ていた頃の事だ。

退院の手続きをして、病室に行くと、見違えるほど顔色のいい光洋の姿があった。

荷物をまとめて椅子に腰掛けていた。

「親父・・・佐伯に会ったのか?」

「それから、見る見る精神状態が安定してな・・・もう心配ないと、医師が言っていた」

服部が替わりにそう答える。

「やっと、許された・・・そう実感できた。光輝にも心配かけたな」

そういって、立ち上がる父に寄り添って、鞄を持ち上げた光輝は、ゴミ箱の中の腕時計に目を留める。

これは・・・・見覚えがある。

「佐伯の時計・・・」

拾い上げると、そう呟いた。

「捨てていったのか・・・」

服部が驚いて呟く。

「馨は、傷を乗り越えたんだ。」

光洋の言葉に、光輝は腕時計を握り締める。

長い長い時間、馨に付きまとっていた枷から、彼は解放された。脱皮した抜け殻のような、腕時計。寂しさがこみ上げる・・・

もう逢えないかもしれない・・・・・光輝の腕からすり抜けた馨。

それでも、彼の再起と健闘を祈るべきか。

 

服部に促されて、光輝は病室を出る。

ポケットにそっと、腕時計を忍ばせて・・・・

 

 

 

こうして、夏休みは終わった・・・・・・

 

 

 

 

始業式で、馨は校長より、書籍出版の為、古典の教師を辞任する旨を伝えられ、挨拶に教壇に立つ。

短い間だったが、皆に会えて楽しい時を過ごしたとか・・・・これからも一生懸命、勉学に励むように・・・とか

馨は、そんなことを話していたが、光輝には何も聴こえなかった。

 

確かに、馨は変わった。

瞳の冷たさはもう無い。憎しみから開放された者の勝利感が漂っていた。

(これが・・・親父の愛した天使なのか・・・・)

結局、馨を解放したのは光洋・・・・光輝は役立たずだった・・・・

 

 

「おい・・光輝・・・」

細川の呼ぶ声で、光輝は我にかえる。

「なんでもない・・・」

しかし言葉と裏腹に、放課後まで光輝は上の空で過ごした。

 

 

夕方・・・ためらいつつも、光輝は気が付けば、馨のマンションのドアの前にいた。

職員名簿で探し当てた馨の部屋・・・・震える指でチャイムを押す。

「鷹瀬・・・・」

ドアが開き、馨が光輝を見つける。

「先生・・・」

思いつめたような光輝に馨は、中に入るように促す。部屋の中は、綺麗に片付き、何もなかった。

「引っ越すんですか・・・」

「ああ、都心に引っ越す。」

スーツケース一つが部屋の中で目立っていた。

「もう・・・逢えないんですか・・・」

「忘れろ、何もかも。お前に八つ当たりして悪かった。こんな俺を心配して、救いたいと言ってくれた事、忘れない。そう言ってくれたのはお前だけだった」

光輝はうなだれたまま、顔を上げない・・・・

「嫌いですか・・・俺の事・・・」

「愛しているよ。」

そう言って、馨は光輝を抱擁する。

「じゃあ・・・これからも・・・」

「愛しているから、お前の元を去るんだ。」

どうして・・・・どうして・・・・光輝の瞳から涙が零れる・・・

「俺は、毒の棘を持っている。教授を不幸にしたように、愛するものを我知らず、地獄に落としてしまうような男なんだ。お前には幸せになって欲しい」

「貴方となら、地獄に落ちてもいい・・・」

「よくない。俺はそんな事、許さない。ちょっかい出して悪かった。忘れろ」

この人は残酷だ・・・・・光輝は唇を噛む。

誘惑して無視された事よりも、薄利多売とののしられた事よりも、この忘れろと言う言葉が一番 酷い。

「元気で・・・」

馨の言葉に光輝は首を振る・・・・

そうだ・・・別れたとはいえ、父親の愛人だった男だ。許されるはずが無い。母親を裏切る事にもなる。

しかし・・・・・・

「愛しているのに・・・俺にとっても、初恋だったのに・・・」

「初恋は実らない」

酷い・・・酷い・・・・

光輝は、馨の背に腕をまわして、力任せに抱きしめた・・・

「初めから賭けなんか、どうでもよかったんだ・・・・男に一目惚れして、それを知られたくなくて、近づく口実に賭けをしたんだ・・・」

ふっ・・・・馨は苦笑した

「こんな俺の何処がいいんだ・・・」

「美しいと思った・・容姿じゃない。何処か・・・一途な、憂いのある雰囲気が。後でわかった。それは一人の人を命がけで愛したからだと・・・」

今も、馨の中には光洋がいる・・・・自分の入り込む隙間も無い。

「お前も、まっすぐで、素直で美しいよ。俺の太陽だった。あまりの輝きに嫉妬するほど・・・・」

「行かないでくれよ!また逢うといってくれよ・・・」

太陽と月は一緒にはいられない・・・・

一度は神に背くことを考えたが、堕すには、光輝は綺麗過ぎた・・・・

「お前は輝いていてくれ」

「佐伯・・・」

不意に、馨は壁際に押し付けられた。

「お前を照らしてやる。ずっと・・・永遠に・・」

そう言って、押し付けられた唇は、激しく馨を侵食してゆく・・・・・

(コイツなら、ずっと俺の傍にいてくれたのかも知れない)

そう思う。しかし、出会うのが遅すぎた・・・・

涙が頬を伝う・・・・

最悪の因縁で出会った二人は、結ばれる事はない・・・

馨の頬に当てられていた指先は、徐々に首筋を伝い、シャツのボタンを外し始める・・・

「抵抗しないと、最後までヤっちまうぞ」

まだ光輝はためらっていた・・・・

「後悔しないなら、ヤれよ。これで忘れられるんなら、抱かれてやるよ。」

馨の瞳には、情熱も恋慕もない。静かな・・・諦めたような瞳だった。

はあ・・・・

光輝は身を離すと背を向ける。

「お義理で抱かれてやるってか?バカにすんなよ。萎えるよ」

それでいいんだ・・・

繋がれば、なお、忘れられなくなる・・・・馨は光輝の背中を見つめる。

「いつか、お前の方から すりよって来るような、いい男になる。」

変なプライドを見せる光輝が可愛いやら、可笑しいやら、馨は口元がほころぶ・・・

「絶対、お前を探すからな!」

そう言って、光輝は出ていった。

 

(光輝・・・愛している・・・愛しているから、お前の為に俺は身を引くんだ)

想いは遂げられることなく、馨の胸の奥に沈んだ・・・・・・

 

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