罪の値 5
相変わらず、書斎にこもる光洋のもとを、光輝は訪ねた。
「親父、お袋がスイカ切ったの持って行けって・・」
ガラスの器に、賽の目に切られたスイカが盛られていた。
「ああ・・・」
テーブルに置くと、光輝はソファーに腰掛ける。
「お前、佐伯馨と、どうなったんだ・・・」
ソファーに腰掛けつつ、光洋は訊いてきた。
「どうもこうもねえよ。あいつとはなんでもないし。」
「惚れてるんだって?」
「まさか・・・」
そんな資格無いだろうと、光輝は寂しく笑う。
「馨のことは許してやれ、俺のせいなんだ総て。あいつがあんなになったのも、お前にちょっかいだして来たのも・・・そして、早く忘れろ。」
そういう光洋自体、忘れられずに引きずっていた。
「親父、本気だったのか?佐伯の事?」
「本気だろうが、遊びだろうが、私のした事は人道に外れた行為だ」
彼は言い訳をしない。許しを請う事をせず、断罪されることを望む。
「本気で・・・心中・・する気だったのか?」
光洋は息子を見つめた。
「服部から聞いたのか?」
光輝は頷く。
「本音が聞きたい。聞かせてくれ」
光洋はため息をつく・・・
「あんなに純粋で一途な魂は初めてだった。だから・・・離れられなかった・・・」
「しかし、親父には、お袋も俺もいた・・・だから?」
「現実から逃げようとしたんだ。愚かなことだが。」
最後の最後まで馨は信じていた・・・愛に殉じようとした。愛する者に命を託した・・・なのに・・この始末だ・・・
「俺のせいで、佐伯が苦しむなら、俺は佐伯に近づかない。教師と生徒、それ以上でも以下でもない。そういう距離をとる。」
光洋は光輝を眩しそうに見上げた後、俯く・・・
「お前は強いな・・・」
いいや・・・
光輝は顔を背けて涙を隠した。
(俺は・・見たかった。佐伯の心からの笑顔を・・でも、俺じゃあ無理なんだ。)
「私は卑怯な大人だが、お前はまだ純粋な青年だ・・・私の、過去の罪の為に傷つく必要は無い」
光輝はうなだれる・・・
(しかし・・しかし・・親父、俺は傷ついても、あいつを救いたいよ・・・)
何処からそんな感情が湧くのだろう・・・罪悪感でも正義感でもない・・・
ただ、幸せな姿を見たかった・・・・
「親父、もしかして、あいつに、あの時の事情を話してないんじゃないのか?」
言い訳を嫌う光洋の事だ、彼が心中しかけてやめた本当の事情を、馨は知らないような気がした。
「話したところで何になる。逃げた事に変わりは無い」
「でも、付きまとう佐伯が邪魔で、始末する為に、心中を持ちかけて殺す気だったと思われてたら・・・・」
多分そう思われている。光洋は知っている・・・
「その疑いも甘んじて受けるさ」
違う・・・違うんだ・・・光輝は唇を噛む。
「親父はそれで気がすんでも・・・あいつは・・あいつはどうなるんだ・・・」
愛する者に裏切られて、殺されかけた・・・それは手首の傷より痛く、辛いのではないか?だから、馨は傷を隠しているのではないか?
確かに余計な詮索は、されたくないから隠すだろう。しかし・・・馨のそれは、もっと違う意味がある気がした。
自らも、その傷に触れる事を恐れているような。
「親父、本当に愛していたなら、愛していた事、そして、あの時の事情を話すべきだ。でなければ、あいつは救われない」
それで救われるのか・・・・
「済んだ事でも、取り返しがつかない事でも、本音で向き合わないと こじれたまま癒されないんじゃないか・・・親父もあいつも。」
その勇気が持てないだろう事は、息子の光輝が一番よく知っている。
が、これが越えられなくて、二人とも傷つき、悩んでいるのではないか?もしかしたら、馨を解放できるのは光洋だけなのかも知れない・・・
「罪の重さを知って、償う気があるなら、そうしてくれよ。」
それは、光洋にしか出来ない事なのだ。
だから・・・
なおさら光輝は父に強く望んだ。
本当の意味で、馨と向き合い解かなければ、光洋自身も、過去の亡霊から開放されない気がした。
償うという事は、そういう事なのかも知れないと光輝は思った。
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