罪の値 2

 

あれから、馨を忘れようと光輝は努力した。

今年は彼女もなく、一人部屋にこもりつつ、夏休みを過ごす息子と、同じく部屋にこもりっきりの夫を心配する智香子に服部はただ、

そっとしておくように としか言えなかった。

 

「光輝・・・元気出せよ」

時々気にして、細川はやってくる。

「明日、映画でも観に行かないか?西校の浅井相子が久しぶりに集団デートでもどうかって・・」

「行かない」

今の光輝には、何も見えてはいない・・・

机の前に座ったまま、振り向きもせずに、そう呟く彼に細川はすがりつく。

「おい。あいつは駄目だ。忘れろ」

(判っている。そんな事、お前よりよく判っている)

あんなふうに馨に近づいた自分を恥じた。

(俺は親父と同じ事をした・・・)

憎まれても仕方ない・・

「俺は、親父に似ているか?」

「お前は父親似だろう」

同じ男に魅かれて、同じように傷つけて・・・これは血筋なのか・・・

「おい!光輝?」

細川は光輝を覗き込む。

「どうして佐伯なんだ?俺じゃ駄目なのか!」

虚ろに細川を見上げて、光輝は感情の無い声で呟く。

「なに言ってるんだ・・・」

「俺はずっと、お前だけを・・・」

細川の言葉は、光輝には届かなかった。

「俺だけを?」

ただ、鸚鵡返しに繰り返される虚ろな声・・・

「好きだ、お前が・・」

こんなにも必死な細川の言葉にさえ、光輝には、何の感情も湧かない。

愛さないとは、愛されないとは・・・こういうことだ。

光輝がいくら心を尽くしても、馨は彼に何の感情もない。いつも氷のように冷たい。

「俺が、お前を救う」

椅子に腰掛ける光輝を、細川は抱きしめる。

・・・救えない・・・

細川には救えない

(余計なお世話だ・・・)

そんな思いが湧く。

おそらく、馨も光輝の償いたいという、その言葉に同じ事を感じただろう。

それが悲しい・・・・

細川の本心に、心を動かされない自分 それは自分に対する馨の思いなのだ。

さらに、疎まれてさえいる・・・

涙が流れた・・・・苦しい・・・・・

細川をなんとも思わなければ、思わないほど、馨になんとも思われていない自分が見えてくる。

細川は光輝の涙を誤解した

光輝の心を自分が癒したのだと・・・・

「光輝・・・」

光輝の涙を拭い、細川はくちづける・・・

その時、光輝は馨の言葉を思い出した・・・

ーぶつかっただけだー

光輝には、この行為に何の意味も見出せない。何の感情も起きない。

すれ違いざまにぶつかっただけ。まさにそんな感情・・・・・

「佐伯・・・・」

光輝の呟きに細川は愕然とする。

(本気なのか・・・本気で佐伯を・・・・)

「出て行ってくれ。一人にしてくれ」

 細川を振り払い、光輝はベッドに倒れこむ。

「光輝・・」

虚ろに立ち去る細川の気配を感じつつ、光輝はシーツに顔を埋める。

 

馨に罪を犯したのは、光洋だけでは無い。それを思い知った。

(俺は、遊びで佐伯に近づいた。それは消えることの無い事実だ)

いくら今は真実だとしても・・・・今までの恋愛ゲームさえ、罪である事を知る。

今まで考えもしなかった。捨てられた者の悲しみを・・・愛されない者の辛さを・・・

(これは罰だ・・・)

賭けで落として、捨てた女学生達の恨みを一度に、この身に受けた気がした。

誰からも愛されていた自分は、愛されない事など思いもよらなかった。

そんな思い上がりが、今の不幸を呼んだ。

(償わなければ・・この苦しみを甘受しなければ・・・)

あの頃は、胸が痛むほどの恋に出会いたいと願ったのに・・・自らの愚かさを思い知る。

(確かに俺には佐伯を救う資格などない)

もう、関わるべきではない。そう、ただそう、決意する。

 

 

ただ・・・

 

最後に一度逢って話す事は出来ないものか・・・・

謝りたい・・一言・・・

 

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