罪の値 1
光洋の部屋を出ると、服部は光輝の部屋に入った。
光輝は風呂上りの洗い髪をタオルでふき取りつつ、机の前に座っていた。
「光輝・・・」
「伯父さん、親父はどう?」
ベットに腰掛けて、服部は、ため息をつく。
「何のせいで、ああなったかは、検討がついてるんだろう?」
「佐伯か?伯父さんは、知っているのか?佐伯と親父の事?」
話さねばなるまい・・・服部はそう決意する。
「佐伯は俺の教え子だ。」
光輝は服部に向き直る。
「話してくれないか?何があったのか・・・」
話せねばなるまい・・・光輝に馨を諦めさせるためには・・・
「聞いて、お前はどうする?」
「償いたい。佐伯を救いたい」
無理だ・・・お前には。光洋と同じ面立ちで、同じ性格で・・古傷を広げるだけにしかならない・・・
「佐伯から手を引くと、約束しろ」
驚愕の表情を、光輝は服部に向ける。
「お前が佐伯の傍にいると、佐伯の心の傷口が開くんだ」
「俺が、佐伯から離れるのが、あいつの救いだというのか?」
「鷹瀬の為でもある」
「親父の・・・」
「佐伯は私の愛弟子だった。1年の時から、助手のように傍においていた。あの日・・・鷹瀬が人文学科の私の部屋に来た時、佐伯もいた。」
田舎から出て来た、純粋な優等生。それが服部の好感を得て、馨は服部のお気にいりだった。
笑顔のさわやかな青年・・・
昔の馨の面影が、服部の脳裏に浮かぶ。
「親父と佐伯が、そうやって出会ったと?」
「佐伯は父親を早くに亡くしていて、父性的なものに憧れが強かった。そうでなくても、鷹瀬は英文科では人気があったしな。そんな馨に、
あろう事か、鷹瀬は興味を持ち始めた。大学のカフェで一緒にいる二人を見かけたかと思うと、次は校外で見かけた・・・
ホテルのレストランにも、二人でいるという始末だ・・・もちろん、俺は問いただしたし、鷹瀬を止めた。が・・・もう・・・」
そんな気はしていた・・・
父親はモテる。女がほうっておかない。表面化しないが、浮名は流しているだろう事を・・・・
「親父は・・・同性愛者なのか?」
「いや、まさか。後にも先にも、男に手を出したのは、佐伯一人だけだ」
それは・・・女は数え切れないほどいる、という事か・・・光輝はため息をつく。
「だから、俺も半信半疑だった。が、確かに、二人は愛人関係だった」
「親父が、強引にモノにしたとか、そんなのか?」
「さあ・・・そこまでは。どうであれ、佐伯が鷹瀬に惚れこんでた事は事実だ。鷹瀬もな。俺はあいつが いつか家庭を捨てるんじゃないかと
心配だった。今までの恋愛ゲームとは違っていたんだ。」
息子に、父親のこんな話を聞かせなければならない因果を、服部は呪った。
「俺から見ても、当時のあいつは、佐伯に溺れていた。沈没しそうになったあいつは、別れ話を持ちかけた。が・・・今度は佐伯が付きまとい、
そのたびに鷹瀬は引きずられ・・・とうとう最後の決断をした」
不吉な予感がした・・・・聞いてはいけないような気がした。
後戻りの出来ないところまで来たと思った。
「光輝、これは信じてくれ。鷹瀬は本当に、死ぬ気だったんだ。」
光輝は息が詰まる・・・・
何を言おうとしているのか・・・この伯父は・・・
「総てのしがらみから解き放たれて、佐伯と添い遂げる為に、あいつは死を選んだ」
「心中しようとしたって言うのか?・・・!佐伯の左手首・・・」
おかしいと思っていた。左利きの馨が左に腕時計をはめている事・・・
「見たのか?」
「いいや・・」
「鷹瀬が切った痕だ。自殺じゃない。佐伯は左利きなんだから・・・」
自殺未遂の痕は、右利きなら、左に切り傷があるのは当然だ。しかし・・左利きなら・・・右に切り傷がなければならない・・・・
左利きの者の、左手の傷・・・
「親父が・・・・つけた傷・・・」
しかし、光洋には、何処にも傷は無い。
「親父は逃げたのか・・・」
「その時、電話がかかってきた・・・携帯に。光輝・・・お前がかけたんだ」
小学生の頃、父親の帰りが遅いと、よく光輝は電話をしていた。早く帰ってきてと・・・
「その時、携帯の電源を切るのを忘れ、あまつさえ、とってしまった・・・息子の声を聞いて正気に戻って、心中を中断した・・・そういうことだ」
「俺のせいか?」
「お前のお蔭で。というべきだろう。結局は、二人とも死ななかったんだから・・・」
しかし・・・自分が佐伯の手首を切っておきながら その場から離れたなど、裏切りの何物でもない。
「鷹瀬は、俺に連絡して救急車を呼ばせた。助けたんだ、佐伯を。」
親父は、恨まれても仕方ない・・・そう思った。
「それなら・・・なんで佐伯に手なんか出すんだ。」
責任もとれないくせに・・・
「あいつは・・・佐伯の事、本気だったと言ってた。初恋なんだと・・・」
俺と同じだ・・・・光輝は眩暈がする・・・・因縁めいたものを感じる。
「忘れろ。佐伯には関わるべきではなかったんだ。妻帯者で、息子のいる身分の鷹瀬が、しかも男同士で・・・どう考えても、成就するわけが
無いだろう。そのせいで、お互いが傷ついた。お前は同じ過ちを犯すな。」
忘れられるのか・・・・光輝は自信が無い
「鷹瀬は、その事件のお蔭で、精神を病んだ。精神科の治療を受けていたんだ。これは、お前も智香子も知らない事だが・・・」
言えないだろう・・・原因は?と聞かれて答えられるはずも無いのだから・・・・
「お袋には、内緒なんだな・・・」
「ああ」
「だから・・・俺が佐伯と関わって、親父の精神状態が悪化したって事か?」
服部はため息をつく。
「佐伯に会ってきた。光輝、賭けで近づいたのは本当か?」
「ああ。最初は面白半分で・・・」
「今は?」
「楽にしてやりたい。あいつは、いつも辛そうだから・・・」
光輝は、光洋よりもはるかに純粋だ・・が・・・この組み合わせは間違っている。
「お前は佐伯を救えない。救う資格が無い。」
「親父のせいで・・・」
涙があふれる・・
(俺という存在自体が佐伯を苦しめる・・・・)
「ちょうど、夏休みが始まる。その間に頭を冷やせ」
服部は、そういって出てゆく・・・・あさってから夏休みが始まる・・・・馨に会わなければ忘れられるのか・・・
光輝は途方にくれる・・・
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