傷月 3
浴室からタオルを肩に掛けて、パジャマ姿の馨が出てくる。
ちょうど、一人暮らしには良いワンルームマンション。
孤独を感じさせない狭さが気に入っていた。
冷蔵庫を開けて、ミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、コップに注ぎ飲み干す。
(償いたい、だと?)
昼間の光輝の言葉が脳裏に蘇る。身に覚えのない父親の罪を?その罪が何なのかも知らずに?
笑いがこみ上げてくる。
(中庭の木の下で煙草を吸うなんて、親子そろって癖も同じなのか?)
もともとは、中庭で一服は、光洋の癖だった。
例の事件から数年経った後、馨に無意識に同じ癖が表れた。
憎み過ぎると、癖まで似てしまうものなのか・・・しかし、光輝にも、その癖があったとは。
鷹瀬光洋という一人の男を介して出会った、馨と光輝。もう戻れない。
事は、馨の思い通りに進んでいる。
自分の手を汚すことなく、光輝を傷つける自信があった。いや、むしろ、もう何もしない事が、彼を最高に苦しめる事になるのだ。
(何故、光輝は俺に魅かれたのか?)
窓辺に歩み寄り月を仰ぐ。
(それとも、血なのか?)
確かに彼は、父親に似ている。
人懐っこい笑顔、明るさ、大らかさ、強引さ・・・よくも悪くも、総てを征する力を持っている。カリスマとでもいうべきか・・・
自信に満ちて、力強い父性のようなものを・・
もし、光洋の息子と知らなければ、馨自身が魅かれていただろう。
ー月のようだ・・−
昔、誰かが自分にそう言った。
月は太陽無しでは輝けない だから、太陽が必要だった。
では、太陽は月を必要とするのか?
闇の中、自らの存在を示す為に、月は必要なのだろう。
今夜の月は、血の色をしている・・・
総てを捧げきって、傷ついた心から血を流すように。
しかし、光輝は光洋と同じではない。
中庭で見た彼の姿は、昔の自分自身だ。だから、なおさら、傷つけたくなるのかも知れなかった。
(もう、何も考えまい)
馨は、ため息とともに、カーテンをしめ、ベットに横たわる。
何もしなくても、いや、何もしなければ、光輝は一人で、底なし沼に沈んで行くだろう。
それでいい。自業自得だ。
(恨むなら、DNAを恨め)
薫の大将は、源氏の罪に対する罰。
しかし、薫自身、その事に対して悩んだ。薫には罪がないというのに・・・
やはり、薫は完全な被害者である。しかも 愛に恵まれる事もなかった・・・
こんな事をしても、何にもならない事は判っている。
馨は枕に顔を埋める。
(許せばいい事。忘れればいい事。なのに何故、俺は光輝にこだわる?)
馨は薄々感づいている。憎しみと愛は紙一重・・・あまりにも憎み過ぎると、それは、愛に変わると言う事を・・・
(償いたいだと?俺を救いたいだと?)
償えるはずも、救えるはずもない。馨はそう思う。
(それとも、光輝が傷つき苦しむ姿を見れば、俺の心は癒されるとでも言うのか・・・)
もうすでに、光輝には憂いの影が現れている。以前の自由奔放な力強さはない。
まるで、馨の孤独と痛みが、彼に伝染ったように・・・
(それが、俺の望みなのか?)
しかし、少なくとも、光輝はそれを望んだのだ。
傷ついても、真実の恋が欲しいと。
人を想う切なさも、叶わない恋の苦しさも、彼は手に入れた。もう、それでいいだろう。
(俺は、何を望んでいた?)
破滅、裏切り、崩壊、涙・・・・それで、自分が救われるとは思わない。が、道連れが必要だった。
(何のために?)
求めていたものは・・・・・・・・・・・・・
傍にいてくれる誰か。
そして
ぬくもり・・・・・・・・・
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