傷月 1

 

日に日に光輝は、明るさを亡くし、クラスでも目立つほど憔悴していた。

朝の職員室では担任の福田が、光輝の様子が最近おかしいのを気にしていた。

確かに、最近の光輝は物思いに沈んでいる。溢れるばかりの自信は跡形もなく消え去り、憂いを帯びた瞳で虚ろな日々を送る光輝・・・

「先生、何かご存知無いですか?」

 福田に訊かれて、馨は首をかしげる。

明らかに、馨が光輝に刺した棘の毒のせいだ。復讐は順調に進んでいる。

「さあ・・・クラスメイトと、また何か、賭けに興じていたようですが・・・」

「トラブったのかな・・・」

それとも・・・・と福田は考える。

−恋煩いーそんなふうにも見える。

「あいつは案外、繊細で純情で、単純で脆いから、心配なんですよ」

そうかも知れないと、馨は思う。悪ぶってはいるが、根はまっすぐだろう。

(もし・・・鷹瀬をあんなふうにしたのが、俺だと知ったら、貴方は軽蔑しますか?)

福田の横顔を見つめつつ、馨はそんな事を考える。

太陽が輝きを失い始めた。馨の計画は順調だ。しかし・・・・この苦い思いは何だろう。

判っている。

復讐などしても救われない事。光輝を自分と同じ目にあわせたとしても、傷は癒えない事も。

かえって古傷を押し開く事になる事も・・・・

でも 辞められない。  何故?

 

憎しみ以外の何かが、馨の中に芽生え始めている。

 

光輝に対する別の感情

 

どちらにしても、馨は引き返す気はない・・・・・倫理にも、人道にも、背く事をあえてする。その先に滅びが待っていたとしても・・・

 

(鷹瀬光輝は、俺の獲物だ)

 

「一度、話してみてくださいませんか?鷹瀬と」

馨は顔を上げて、福田を見る。意外な事を、福田は言った・・・・・

「私とですか?」

「鷹瀬は、佐伯先生によく懐いているようですし、若い先生の方が、フランクに話せるんじゃないかと・・・」

何を話せというのだ・・・・

「そうですね・・・・」

表情は変わらない・・・

しかし、馨は限りなく動揺していた。

この担任教師は、馨を全面的に信頼している。疑いなく。

それが苦しい。

その時、チャイムが鳴る

「授業に、行ってきます」

教科書を抱えて、馨は立ち上がる。

 他人に信じられる事ほど、辛い事は無い。人も、神さえも、裏切ろうとしている馨には・・・・・

 

福田の前にいると、果てしなく汚れ果てた自分が見える。思い知らされる。

もう帰ることの出来ない青い空、福田は広がる青空のように、馨の前に広がっている。

 

どうしろと言うのだ・・・・

 

もう遅い。

 

太陽は光を失った。

 

今度は、その闇を月が喰らうのだ・・・・太陽ごと。

 

太陽無しで輝けない月は、それが自殺行為と知りつつも・・・・・

ただ、闇に向かって、進むしかなかった。

 

軽く深呼吸して、馨は教室の戸を開ける。そっと、教師の仮面を被り、馨は教室に入ってゆく・・・

 

 

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