動揺 3    

 

 

 

ある日の夜、光洋は助手に伝え忘れた急用の為、家の電話の受話器をとった。

 

ーもう佐伯に関わるなー

細川雄二の声が、受話器からした。

二階の子機で光輝が細川と通話しているらしい。

ーおりたのに何故、佐伯に付きまとうんだ?−

 

 

 

付きまとうとは? 賭けとは?

光洋は愕然とする。光輝は何らかの事情で、馨と関わっている。

 

光洋は書斎に戻り、システム手帳を取り出す。

いつか光輝が持ってきた職員名簿から控えた、馨の電話番号と住所を探し当て、携帯で馨の携帯にかける。

 

ー佐伯ですー

懐かしい馨の声がした。

ー私だー

馨は凍りついた。沈黙が流れる・・・

ー忘れたか・・・−

忘れるはずが無い 忘れようとしても忘れられない。

ー何の用です?−

馨の声は冷たく無感情だった。

ーお前、俺の息子の学校で、教師やってるそうだな。俺とお前の事を、あいつにまで持ち込むんじゃない。お前も教師なら、生徒に

危害をくわえるようなことは・・・ー

ふふふふ・・・・笑いがこみ上げる。

(生徒に危害を加えたのは、鷹瀬教授・・・貴方でしょう・・・)

ー何がおかしい?−

ー知ってて仰っているんですか?あなたの息子さんから、私に近づいてきたんですよ。クラスメイトと賭けているようです。

私を落とせば、セント・ローザンの学園祭のチケットが譲られるそうですよ。貴方の息子さんは、貴方に似て手がはやいですね。

先日、教室でキスされましたよ・・・−

驚愕のあまり、光洋は電話を切る。

親子そろって同じ男に・・・・眩暈がした。

(何とかしなければ・・・)

馨はもう、昔の純粋な青年ではない。そうしてしまったのは自分・・・

危険だ。光輝が馨にキスを・・・

大学時代、あの頃からすでに馨は、魔性の薔薇だった。

寄って来る者を自覚無しに魅了し、狂わせる・・・あの香りが総てを物語っている。

肌から香り立つ蝋梅の香り・・・

キスするほど近づいたなら、光輝はすでに、あの香りに魅了されたとみていい。

光洋自体、馨に別れ話を切り出してからも、付きまとう馨の、あの香りに翻弄され、自制が効かなくなっていた。

完全に切れない関係・・・ずるずると底なし沼に沈み込む恐怖・・・

どうしょうもなくなり、最後の手段に出た・・・

しかし、あの事件は彼にとっても悪夢だった。馨を殺しかけた・・・・その罪の意識は消えない。

 

もう一度、意を決して、光洋は馨に電話をかける。

 

ーさっきはすまなかったー

そうくると思っていた・・・・馨は微笑む。

ー私が怖いでしょう?復讐されるかも知れないと怯えているでしょう?そうされても仕方ない事を、貴方はしたんですから・・・ー

氷のような声・・・もうあの頃の愛らしさは、微塵も無い。

ーすまなかった。頼む、息子だけは・・・復讐なら私にすればいい。だから・・・−

ふふふふ・・・

勝ち誇ったように馨は笑う。そう、彼は勝ったのだ・・・

光輝を人質にして、光洋より上の立場に立った。

 彼は余裕の笑みでこう告げる。

ーそれは、私ではなく息子さんに言いなさい。親子どんぶりなんて、シャレになりませんよね。彼の方から言い寄って来るんですよ。

俺も迷惑ですから、なんとかしてくださいー

 

今度は、馨の方から電話はきれた。

不穏な余韻を残して・・・・・ 

 

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