片翼 3

 

電車を二駅目で降りて、光輝と細川は、駅の改札を出た。

駅前の広場には桜、木蓮、梅・・様々な花があちこちで咲いている。

「春だよなあ」

その中を歩きつつ細川は、木の枝に手を掛け、花に顔を寄せて香りを嗅ぐ。

その時、風が吹き光輝の鼻腔に、あの時の香りが流れてきた。

(佐伯?)

あたりを見回す いるはずも無い人を探して・・・その傍にあるのは・・・梅の木。

思わず細川を真似て、木の枝に手をかけて、花に顔を近づける。

(これだ・・・この香りだ)

そっと一枝手折り、光輝は歩き出す。

「光輝?」

細川は、怪訝な顔で後を追う。

「この香りだったんだ」

光輝は憂いを秘めた眼差しで、遠くを見つめる。

 

 

「蝋梅ね」

夕食の時、ダイニングのテーブルの一輪挿しに光輝が活けた枝を見て母、智香子が微笑んだ。

「蝋梅・・・」

光輝は呟く・・・馨が傍にいるような気がして切なかった。

風呂から上がり、食卓についた光洋は、眉根を寄せた。

「何だ、この香りは・・・」

「蝋梅よ・・・」

智香子が一輪挿しを指すと、光洋はそれを掴んで捨てようとした。

「親父?!」

息子の声に我に返り、一輪挿しを再びテーブルに置く。

「ここには置くな」

「嫌いだった?蝋梅の香り?」

一輪挿しを持ち去ろうとする智香子から、光輝はそれを奪う。

「俺の部屋に持っていく」

さほど強い香りではなかった。むしろ意識しなければ判らないほどの・・・・

何故、父がこの香りに神経質になるのか判らないまま、光輝は蝋梅を自室に持ち込んだ。

ー意識しなければ、判らない香りー

馨もそうだ。

整髪料やシャンプーの香りよりも、もっと和風なこの香りは、ましてやオーデコロンでもなさそうだ。

(何処から香るんだろう)

そんな事を考えつつ、光輝は食卓に戻った。

 

 

 

「教授・・・・教授・・・」

闇の中で、光洋を呼ぶ声がする。

闇の中でも光るように浮かぶ白い肌。

「薫の大将・・・・皆そう呼んでいるらしいな」

切れ長の瞳の、中性的な美青年が微笑む。

「名前の馨と、源氏の薫の大将をかけているんですよ」

ベッドに横たわって、自らの肩に頭を乗せて身を寄せてくる・・・・

「それだけか?」

光洋は青年を組み敷き、首筋に唇を這わせる・・・・

「教授・・・」

「蝋梅の香りがする・・・何かつけているのか?」

息を荒げつつ馨は答える。

「いいえ・・何も・・」

すれ違っても近くに寄っても、香りには気付かなかった・・・なのに、初めて抱きしめた時、かすかに香った。

衣服を取り去った時、それは蝋梅の香りだと判った。

その肌に、顔を埋めると香りに満たされ、熱を帯びるとさらに強く香った・・・

「不思議な子だね君は。肌から香り立つとは・・」

白い肌と、その香りに夢中になった。

未だかつて男を抱いた事の無い光洋が、初めて男子学生に手をつけた。

「馨・・・愛している・・・」

 

 

深い深い闇の中・・・・・・

突然それは、赤く染まった。

ベッドに横たわる馨、だらりと落ちた左腕の手首から、血がどくどくと流れる・・・

 

「教授・・・教授・・何故・・・」

閉じていた瞳がかっと見開く。

「許さない・・・貴方を許さない・・・」

 

はっー

光洋は飛び起きた。

(夢か・・・)

汗でパジャマはぐっしょり濡れていた。

(あの香りのせいだ)

佐伯馨ー

すっかり忘れていた。

昔、愛して捨てた青年・・・・蝋梅が香り立つ魔性の肌を持つ、禁断の果実・・・

そして・・・・

自らが犯した罪・・・・

  

 

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