太陽神 (アポロン) 5
古典の授業中、隣の席の平山が、光輝を突付く。
「なあ、佐伯がお前の事、見てるぞ・・・」
クラス委員の井川が浪々と、源氏物語を朗読していた。それを聞きつつ、馨は盗み見るように光輝を見ている。
「まさか、お前に惚れてるなんて事ないよなあ・・・」
平山は前を向いたまま、小声でささやく。
「それなら、しめたもんだけどなあ・・・」
馨の、無表情の静かな、すまし顔を崩してやりたかった。
どんなに光輝に興味がないと、そっぽを向いていた女学生も、光輝が一声二声かけていくうちに色めき立ってゆき、最後は光輝を
追いかけるようになる・・・・
単なる独占欲。愛ではない。
(いつかあいつも、俺のことを追いかけまわすようになる。そうしてみせる)
光輝も、我知らずに影を求めている・・・・
それは宿命だったのかも知れない。
何処か謎めいた月ー 光輝にとって、馨はそんな存在だった。
(あ・・・)
黒板に字を書く馨の後姿を見て、光輝は驚く。
(左利きか・・・)
忙しく動く左手の手首には、腕時計の黒いバンドが目立っていた。
「福田先生」
休み時間、職員室で馨は、隣の席の福田に話しかける。
「鷹瀬は・・・他校の女子高生と不純異性交遊をしているようですね」
ははは・・福田は笑う
「困ったモンです。さらにクラスメイトと賭けなどに興じている事もあるそうで、何度言っても聞かんのです。困ったもんですな。
今時の若いモンは・・・」
笑い事ではない・・・と馨は思う・・
「今まで、大きな問題はなかったのですか?」
福田は頷く。
「今時の女子高生はドライですから、すぐ新しい彼氏を作りますし・・・」
賭け・・・光輝にとっては、恋愛もゲームのひとつなのだ・・・
馨はため息をつく。
「どうでしたか?うちのクラス。今日始めての授業だったんでしょう?」
「ええ・・・」
寂しげに笑って、馨はテキストを手に立ち上がる。
「優秀ですよ・・・」
廊下を歩きつつ、馨はため息をつく。
(そうだ・・あっさり引き下がればよかったのだ・・・深追いなどしてバカだった)
しかし・・・本気で愛してしまった。そのように仕向けたのは彼・・・
当時の自分に、遊びの恋など存在するはずはなく、ましてや、女さえ知らない身だった。
最初で最後の愛を信じていた。どんなに障害があっても、守り抜く覚悟さえしていた。
それを・・・
(もう忘れろ・・・)
馨は首を振る。
3−Bの教室の前の廊下を通り過ぎた時、目の前に黒いものが落ちているのが見えた。
(生徒手帳・・・)
何気なく拾い、名前を見る。
(鷹瀬光輝・・・・・)
彼は、そっとそれを上着のポケットにしまった。
「やべー生徒手帳ねーよ。」
昼休み、突然、光輝が叫んだ。
(おかしいな・・・落としたか・・・)
鞄をひっくり返して、必死で探す光輝の横で、平山は真っ青になる。
「おい!賭けの誓約書、先公に見られたらどうすんだよ!」
「イニシャルだから、わかんねーだろ?」
しかし探さなくては・・・光輝は食後に一服した中庭の木に向かう・・
期限ー夏休み明け
ターゲットー K,S
報酬ー セント・ローザン女学院の学園祭のチケット
生徒手帳のメモ欄にはそう書かれていた。
(これが福田先生の言う賭けか・・・)
馨は手帳を閉じて、煙草に火をつける。
(K,Sとは誰なんだ)
また近くの女子高の生徒なのか・・・
ふーっ
(薄利多売なのは、親父の血を引いてるってことか)
引きつった笑いを浮かべた。知れば知るほど憎しみが増してくる・・・忘れようとしても忘れられなくなる。
遠くで、光輝と細川の声がした。
こちらに向かって歩いてくるようだ。思わず馨は木の陰に隠れた。
「おかしいなあ・・・さっき一服した時 落としたのかと思ったんだけどなあ」
「マジ見つかったらヤバイぞ。そんなモン落とすかよ、全く〜」
細川も困り果てていた。
「今までこんな事、一度も無かったんだぜ。それに近所の女子高の子たちの名前なんか見られても、どうって事なかったしよ・・・」
馨は手元の生徒手帳を見た。おそらくこれを探しているに違いない。
「先公に拾われるのが一番ヤバイな。特に佐伯。」
細川の言葉に、馨は眉間に皺を寄せた。
(どういうことだ?俺に見れれたらマズイとは?)
「わかんねーだろ。イニシャルだし。まさか、男の自分が賭けられてるなんて思わねーよ」
2人の声は遠ざかっていった。
馨は唇を噛む
佐伯馨・・・・K,S
ターゲットは K,S
この時、馨は初めて心を決めた 太陽神アポロンを地の底に叩き落とす事を・・・・
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