太陽神 (アポロン) 3

 

「馨・・馨・・・」

闇の中で誰かが呼ぶ。

「お前を一生離さない。愛しているよ」

父のような逞しい腕の中にいる自分。

「貴方は私の神です」

誰よりも慕わしい、憧れていた人に抱かれた夜が、愛しくも忌まわしい。

 

「馨、もう会えない・・・」

突然、大学の廊下で、すれ違いざまに言われた。

何故・・・・・何故・・・

一生離さないと言った、あの言葉は偽りか?

あまりにも世間知らずな自分は、信じてしまったのだ。誘惑者の、その場限りの言葉を・・・・

そんな、玩具でしかなかった自分を怨んだ。

 

 

ー僕には貴方しかいない・・・−

 

何度も何度もすがった。

月は満ち、そして欠けてゆく・・・・・人も心も移ろうものとは、その時、知らずに・・・・

 

その結果が・・・・

 

手首から流れ落ちる血・・・・・

 

その痛みより、もさらに心が痛む。

完全なる裏切り。もう跡形もなく、心は砕けた・・・

 

 

 

はっー

馨は真夜中に目を覚ます

あの時の悪夢をまた、夢に見た。もう何年も見る事はなかったのに・・・

スタンドの明かりをつけると、水差しの水をコップに注ぐ。

(鷹瀬光輝のせいだ・・・)

自らは、身も心も傷つき、彼は輝いている。不公平ではないか・・・

ため息と共に、コップの水を飲み干す。

左手を翳すと、手首にナイフで切った傷痕がある。

普段は、腕時計の太いバンドで隠れている部分である。

(この傷も、心の傷も消えないのか・・・)

バカだった。報われない事など、初めから判りきっていたのに・・・

それでも、秘密に関係を続けられると信じていた。

誰よりも信じていたのだ、あの男を・・・

 

(光輝も、あの男と同じ目をしていた)

今日の放課後、学校の近くのパーラーで、セーラー服の女子高生と、光輝が言い争っているのを見た。

明らかに別れ話がこじれている様子だ。

すがる少女を冷たく払いのけ、店を出て来た光輝と目が合った。

別れを切り出してきたあの男と同じ 氷のように冷たい目だった。

耐えられない。湧き上がる嫌悪感と、憎悪を抑えきれず吐き気がした。

何の権利があって、人の心を弄ぶのだ・・・・

 

あの目のお蔭で、今夜は悪夢に襲われた。

(あの時、死んでいたら楽だったのか・・・)

「めちゃめちゃに壊してしまいたい。ひと思いに」

闇の中でつぶやく彼の声は、憎しみに震えていた。

(彼は愛によって傷つく必要がある)

自己中心的な発想が、馨を支配する。

傷つけたい、ずたずたに切り裂いてしまいたい。溢れてくる思いを抑え切れない。

自らの闇が深いほど、光輝の光は眩しい。眩しすぎて憎い。

独り、真夜中に蒼い月を仰ぐ。

(忘れなければ・・・)

忘れる事を切に願った。

 

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