許嫁 1
週末は、島津の処で聡子に会うのが日課になった龍之介と伊吹
決して、彼女は龍之介のマンションには来ない。ただ彼の来るのを待つだけ・・・・・
そんなふうに過ぎて行く日々・・・・・
聡子に会う前夜の伊吹のよそよそしさに龍之介はうんざりしかけていた。
夕食を島津の家で済ませて帰ると、午後8時を過ぎていた。
「最近、休みの日に2人でいられなくなったな」
ダイニングで、風呂上りのお茶を飲みつつ、龍之介が愚痴る・・・・
「これからは、もっとそうなりますよ」
いくら一緒にいても、その他大勢の中では一緒の気がしない龍之介・・・・
「歳はとりたくないなあ・・・」
ははははは・・・・・
伊吹は笑う
「爺さんみたいな事を・・・」
子供の頃は伊吹を独り占めできてよかった・・・・・・
「お前も・・・最近変だ・・・」
「どこがですか?」
「昨晩は避けてたろう?」
まっすぐ見詰められて、避けるように目を逸らす伊吹・・・・
「避けてるなんて・・・ずっと一緒やったやないですか」
テーブルに置かれた伊吹の手を龍之介は握る
「聡子に会う前の晩は・・・・・ヤラない。そういうことか? 嫉妬か?拗ねてんのか? それとも明日俺が
女に会いに行くと思うと萎えるのか?」
「・・・・龍さんは、平気なんですか?情夫(いろ)と抱き合って、何時間もたたんうちに許嫁に会うのは」
「頭切り替えろよ!」
「切り替えられますか?さっきまで密着してた白い皮膚がそこにあって、触れ合っていた唇がそこにあるのに・・」
握った手を離すと龍之介はため息をついた・・・
「やってられないよ。じゃあ、俺が聡子と結婚したら、俺の中に聡子の痕跡探すのか?終わるんじゃないか?俺達。
そうやって・・・」
(聡子もそうなんだろうか?俺と伊吹見ながら、昨夜は・・・そう思ってるのか・・・)
「私は、鬼頭の姐になる人に償いきれない罪を犯しました・・・・それは消えません」
耐え切れずに龍之介は席を立つ
「独りで悲劇の主人公するなよ!お前が一番自信ないんじゃないか!」
聡子を気遣いすぎる伊吹がもどかしい・・・・・
多分、自分は聡子と結婚するだろう。しかし、彼女を家族として愛しても性的な対象となる事はないだろう。
たとえ、子共を産み育てるとしても。
部屋に立ち去る龍之介を、伊吹は追う・・・・・・
「龍さん!」
腕をつかまれ伊吹に向き直る龍之介・・・・・・
「・・・・・聡子も言ったろう?人が人を愛する事は罪じゃないって・・・でも、もし、それが罪なら俺も半分負うから
こんな事で、俺の事手放すなよ」
いつも譲ってばかりで、自分のことはどうでもいいように生きている伊吹が龍之介には耐えられなかった。
聡子が2人の間に割り込んだだけでおかしくなるのは許せなかった・・・・・
「俺達は変わらないんじゃなかったのか?」
進み出した時は後戻りしない・・・・・・・
しかし
変わらないと誓ったのだ。
もし、伊吹が無神経な人間だったら、龍之介の方が疲れ果てていたかも知れない・・・・・
しかし、しかし・・・・・・
「あからさまに避けるなよ。不安になる・・・」
情夫(いろ)はしょせん情夫でしかない
が・・・
龍之介にとって伊吹は情夫(いろ)と言う名の最愛の恋人・・・・・
「すみません。誰も傷つけたくないのに・・・」
誰も傷つかないで済む道など、ないとわかっているのに。
「優しくなくていい。俺を傷つけてもいい。だから、絶対離すな。俺が滅びるときは、お前の腕の中で滅びる。」
いつも荒削りな情熱をぶつける龍之介を美しいと思う。まっすぐで純粋で一途だ
「何があっても、龍さんを放さない。それが私のたった一つの最後の我侭なんですよ・・・」
伊吹のいつもの優しい目とは違った、思いつめた目が龍之介を捕らえる。
もう、龍之介はただの純粋培養の天然ではなかった。傷つく事さえ恐れない魂を携えた美しい刃だった。
「貴方は・・・どうしてそんなに美しいんですか。焼き殺されると知りつつも、私はその煉獄に身を投じるしかないんです・・・・・
滅ぶのは私のほうです」
強い力で龍之介は抱きしめられた。
今までの慈しみの抱擁ではない、燃えさかる炎のような熱情の抱擁を全身に感じる・・・
恍惚の笑みを浮かべて龍之介は伊吹を抱きしめる
この澄んだ、湖面のような、うわべに潜む炎をどれだけ待ちわびたかわからない。
守られ、慈しまれてきた少年の頃・・・・・・・昔はそれでよかった・・・・
今はただ、情熱が欲しい。強く愛されている実感が欲しい・・・
「お前の・・・好きにしていい・・・」
龍之介の言葉を合図に伊吹は彼を抱き上げてベッドに寝かすと再びその美しい刃を抱きしめた・・・・
息も詰まるほどの圧迫感に龍之介の息があがる・・・・
「ずっと・・・こうして欲いと思っていた・・・・」
白い腕を背に絡ませつつ、つぶやいた龍之介の声は闇に消えていった・・・・
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