カウントダウン 2
ある夕刻、島津信康は久しぶりに鬼頭組を訪れた。
「信さん、大阪に現れるとは珍しいですなあ・・・」
哲三は嬉しそうに出迎えた。
「ああ、大阪で作品の展示会するいうてなあ・・・打ち合わせに着てるんや。高級ホテルは居心地が悪いさかい泊めてや」
「なんばでも・・・信さん相変わらずですねえ。高級ホテルより、ウチがええんですか?」
「堅苦しいんや・・・しょせん、ワシはやくざ上がりやさかい」
若いもんに部屋の準備を言いつけ、哲三は上座を勧める。
「あ〜あ〜ここも堅苦しいなあ」
そういいつつも上座に座り、奥のふすまに声をかける。
「与一ちゃん、おるんやろ?出てきぃ。顔見せや」
すると、ふすまが開き、宮沢が出てきた
「兄さん・・・かないませんなあ・・・・」
おおよそ、鬼頭組には相応しくない眼鏡をかけたサラリーマン風の男が笑いながら出てきた・・・・
「相変わらず、なよっちいなあ・・・おまえ。」
「ええんです。これで何処でも入れますから」
宮沢与一・・・・島津が拾って育てた鬼頭の策士。
あまり表には出ず、その存在を知る者も少ない。あまりにも一般的な容貌の為、
顔を覚えられる事もない。
「ところで・・・伊吹と龍之介、ダブルでお世話になってるとか」
哲三の言葉に、思い出し笑いの島津・・・・・
「あいつら可愛いぞ〜」
「信さんの言うとおり、伊吹の見合いの話はもう諦めましたが・・・
何であいつ、女っけないんでしょうねえ・・・」
「若ぼんしか見えへんからなあ・・・オカンみたいやろ?」
ははははは・・・・・
島津の笑いに苦笑しつつ哲三は頷く・・・・
「私は、龍之介も大事ですが・・・伊吹のことも実の息子みたいに可愛いんです。
はよう身ぃ固めてくれたら・・・と思うんですよ」
島津の顔から笑顔が消え、哲三に向き直った・・・
「ぼん、頼む。若ぼんから藤島取り上げんといてくれ。若ぼんは藤島がおらへんかったらあかんのや。」
哲三は驚いて島津の顔を覗き込む・・・
「信さん・・・なんかあったんですか?」
「ない。たとえあっても赦してやれ。」
ー哲三さん・・・・何があっても、龍之介から正美君を取り上げないでね・・・龍之介には正美君が必要なの。
正美君がいるから私、安心して死んでゆける・・・・約束してね。−
最期の紗枝の言葉・・・・・・
「信さんも・・・おんなじこと言わはりますねえ・・・」
「若姐さんもそう言わはったか・・・若ぼんが立派に男になるのも、そのままへタレで終わるのも、
藤島にかかってるゆう事や。ぼんは、ええ拾いもんしはったねえ・・・」
ー哲三さんは、本当に人を見る目があるわ。正美くんは龍之介への最高のプレゼントね・・・−
病に倒れる前、紗枝はそう言っていた・・・・・・
(知っていたのか・・・紗枝は・・・)
「島津の兄さん、お床の準備が出来ました。休んでください」
南原が呼びに来て、島津は立ち上がって出て行った・・・・・・
「兄さん、その事を言いに来はったんですね・・・」
宮沢はつぶやく・・・・
「宮沢・・・お前は判ってるんやろ?信さんは何のことを言うてはるのか」
「はい。でも、申し上げられません」
いつものポーカーフェイスで宮沢は笑う。
「言われへん事なんか?」
「軽々しく口にできる事ではないと思いますので・・・」
ふう〜ん・・・・
哲三は頷く
「心配ですか?」
宮沢の言葉に首を振る・・・・・・
「いいや・・・なんやかんや言いながら、ワシは藤島伊吹という男を信じとるんや」
紗枝が信じた伊吹を・・・・・・
「ワシが望む望まんに関わらず、龍之介にとって利益になる事やったら、受け入れるつもりや。
この世界、倫理だの常識だの、そんなもん皆目ないやんか・・・」
宮沢は笑って言った・・・
「だからこそ、真実の愛情が何よりの力となるんでしょう・・・たぶん、兄さんの言わはるのはその事と違いますか」
「伊吹が・・・龍之介の真実になれると?」
秋の夜は静かにふけていった・・・・・
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