譲れない想い 1
鬼頭商事の事務室のデスクで、伊吹はコーヒーを飲みつつ和む。
一時の騒ぎが嘘のように、平和な毎日が続いている・・・・・
「兄さん・・・最近、平和ですねえ」
井上が書類のダンボールを運びつつ、声をかける。
「ああ。大阪と違って、出入りはないし」
「つーか・・・兄さんの動揺の元は、やくざの闘争と言うより、ぼんのことでしょう?」
ああ・・・・伊吹は気付く。
(ぼんも、最近安定してるしなあ)
「思春期はどうなりました?」
安田女史が訊く・・・・・・
「島津の兄さんとこに行って相談して、落ち着いたようですけど」
「島津さんは親・子・孫、三代にわたって面倒見ておられるのねえ」
「島津の兄さんには、組長も頭上がりません・・・いまだに”ぼん”扱いですから・・・」
時々、大阪に哲三が赴くのは、島津を訪ねてのことらしい。
「兄さんも、もしかして・・・ぼんの事、ずっと”ぼん”なんと違いますか?」
(まさか・・・・)
「8代目を継げば”組長"やろ?」
「それまでは・・・”ぼん”ですか?」
(さあ・・・・)
考えても見なかった・・・・
自分にとって、龍之介が”ぼん”でなくなる日は来るなどと・・・・
「見合いの話は、あれから来ないですか?」
お変わりのコーヒーを注ぎつつ、安田女史は訊く。
「ああ・・・・」
そういえば、そのお蔭で龍之介に襲われて大変だった事を思い出した。
「もう辞めてほしいなあ・・・」
「結婚せえへんのですか・・・兄さん?」
書類を倉庫に納めた井上は、コーヒーを持って自分の椅子に座る。
「まだ考えてない・・・・」
「30近いですやん!」
「結婚せなあかんか?」
え・・・・・・・・・
沈黙が流れる・・・・・・・・・・
「藤島さん。今はいいですが、龍之介坊ちゃんが結婚したら、藤島さん一人ぼっちで寂しいですよ」
(そうか・・・・ぼんは結婚する・・・・)
「でも兄さん、あんなにぼんがべったりやったら、女のほうが嫌がりますよ・・・・少しづつ、ひとり立ちさせへんと」
(逆に言うと俺は、ぼんが結婚する時、邪魔になるんか?)
「とかなんとか言いながら・・・・藤島さん、彼女いるんでしょ?」
「いないはずないですよねえ。兄さん、男前やからモテるでしょ?」
笑うしかなかった・・・・・・
彼女作る暇もなく、龍之介にべったりだった自分・・・・・・・
他の誰ひとり、眼中に入れることなく龍之介だけを見てきた自分・・・・・
ありえない・・・でも、それが真実
(ぼんに依存してるのは俺の方や・・・・・)
でも・・・・
譲れない・・・・
この想いは・・・・・・・
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