追憶 −伊吹編ー 1

 

 

龍之介が眠りについたのを確認した後、伊吹は自室に入る。

箪笥一つ、机、ベッド、その横のサイドテーブルに置かれたスタンド。必要外なものは準備しない。

多くを持てば身動きできなくなる・・・守るもの一つあれば生きてゆける。

それが藤島伊吹の生き方。

一人暮らしにしては部屋が3つ、ダイニング、個室1つバス、トイレつき・・・・広い部屋を借りたものだ・・・・

さすが大手のやくざの一人息子・・・・

こうやって、総てを与えられてきた龍之介は、かえって物に執着しない。

食に対しても淡白だ。

唯一つ・・・・愛情に対して貪欲だった。平たく言えば甘えん坊・・・・・病的に・・・

 

伊吹はパジャマに着替えると、電気を消してルームライトをつけ、ベットに腰掛ける・・・・・・

世話役ということで不自由なく、こうしてベッドや家具を与えられる・・・・・

それは龍之介に対する哲三の愛情・・・・・伊吹はそれを理解していた。

が・・・・龍之介に必要だったのは、物質的愛ではなく人肌的愛情だった・・・・・・

龍之介の母、紗枝は極道の妻にしては稀な優しい、虫も殺せない人だった。

カトリックの有名な女学院を卒業した才女が、どういういきさつで極道に嫁入りしたかはわからないが、

唯一つ、哲三を本当に愛していた。

龍之介が7歳になる前に他界し以後、哲三は後妻を一切持たない。

愛人と呼ばれる女は何人かいた・・・・”姐さん”と言う位置を狙ってくる女もいた。

しかし・・・・紗枝ほどの女はいなかった・・・・・・

 

ー正美君・・・・龍之介を宜しくね・・・あの子には正美君しかいないの・・・−

紗枝は死ぬ間際に、伊吹にそう言い残した。それからは伊吹が龍之介の母代わりだった。

中学、高校の進路相談も、伊吹が学校に赴いた。卒業式も。

「”鬼頭君のお兄さん凄くカッコいい、俳優さんみたい!”て皆にほめられちゃった〜次も来てね」

母は亡くなり、父は多忙・・・・(さらにやくざの組長という肩書きの為、学校関係にはノータッチ)

そんな龍之介が、寂しい思いも無く、自分を誇ってくれたことが何より嬉しかった・・・・・・

 

正美君・・・・・・・

最後に聞いた、昔の名前・・・・・・

伊吹はベッドに横たわった。鬼頭家に来たのは15歳の冬・・・・・・・

 

 

「何でガキなんか寄こすんだ!お前の親は何処だ!」

なんとなく予感はしていたが、父は多額の借金を残して突然姿をくらました。

債務者に、校門の前で捕まり、伊吹は事務所に連れ込まれた

「トンズラこいて、もういねえよ!俺のこと煮るなり焼くなりどうにでもしやがれ!」

15歳・・・・詰襟学生服の伊吹は、やくざ相手にひるまなかった。

「いい度胸じゃねえか・・・じゃあ・・・臓器でも売って貰おうか?」

「待て・・・・コイツなかなか美形じゃん、どこかにお稚児さんとして売ったら、高く売れるかもよ」

当時、鬼頭組は一般人相手に金融業もしていて、伊吹の両親も、そこに借金をしていた。

やくざに囲まれて人生終わりかな・・・と思ったその時、奥から哲三が出てきた・・・・・

「お前、名前は?」

「藤島正美」

少しも臆することのない態度に、哲三は魅かれた。

「まさみ?女みたいやな」

「悪いか?俺だって好きで、こんなヤワな名前つけてんじゃねえよ」

哲三はしゃがみこんで伊吹の顔を覗き込んだ。

「ええ面構えや・・・惚れ惚れするわ。お前の目ぇは獣の目ぇや・・・わしのトコに来い」

「来て・・・何するんや」

「極道にする。いずれは、わしの右腕にな・・・」

ふっー

伊吹は嘲笑った。

「極道か。それもええなあ。どうせ親に捨てられた身ぃや。とことん堕ちたるわ・・・」

「親に捨てられた・・言うな。お前が親を捨てたんじゃ。」

一瞬伊吹の中から毒気が消えた。哲三の言葉に慰められた・・・・・・・

「判りました。この身ぃ預けます。」

何処か、伊吹はこの組長の中に優しさを見た・・・・・

「名前な・・・変えろ。やくざが女みたいな名前やと舐められるからな。藤島・・・・伊吹・・・うん。お前は藤島伊吹や」

哲三はそう言って伊吹の頭を撫でた・・・・

 

 

(あの時、組長に拾われへんかったら、どないなってたかわからん・・・)

身売りさせられてたかもしれないと思うと、哲三に感謝したかった。

本当は・・・あの時、怖かった。しかし負けるものかと精一杯はったりをかました。

自暴自棄・・・だったかもしれない。親に捨てられた自分が惨めで・・・・殺された方がましだとさえ思った。

 

 

 

鬼頭家に行くと、紗枝が出迎えてくれた・・・・そして、息子のように扱ってくれた。

 

「姐さん・・・」

そう呼ぶと紗枝は笑って言った。

「おばさんと呼んで。姐さんて呼ばれるのは好きじゃないの。やくざにお嫁に来たんじゃないから。

哲三さんのところにお嫁に来たのよ私・・・・・」

「でも・・・おばさんは・・・」

「そうねえ・・・紗枝さんて呼んで。」

それから伊吹は彼女を”紗枝様”と呼んでいた・・・・

その家にいる一人息子・・・龍之介は、伊吹を見るなり”お兄ちゃん”と懐いてきた。

大人に囲まれて育った彼には、伊吹の存在が嬉しかった。

鬼頭家での最初の伊吹の仕事は、龍之介の相手だった。大きな目でまっすぐ見詰めてくる龍之介は可愛かった。

中学校に通う傍ら、伊吹は空いた時間を龍之介に費やした。

 

そして・・・・紗枝が病に倒れ亡くなった後、伊吹は紗枝のかわりに龍之介を育ててきた・・・・・・

 

伊吹の今までの人生のすべてが、龍之介そのものだった。

 

 

「お兄ちゃん・・・・だあれ?」

鬼頭家に連れて行かれて、哲三が紗枝に事情を話している時、奥から龍之介は出てきた・・・・

最初は女の子かと思った。

「ここで一緒に暮らすことになった、伊吹お兄ちゃんよ。」

紗枝がそう言うと

「わ〜い、わ〜いお兄ちゃんだ〜」

とはしゃいだ。

親に捨てられた自分を歓迎してくれる人がいてくれた事・・・それだけで生きていける気がした・・・・・

母を失くした後、龍之介には頼るものが伊吹しかいなくなった。

それが伊吹には嬉しかった。必要としてくれる誰か・・・・その存在だけで救われた。

 

強くなりたかった・・・・・・大事なものを守れるほどに・・・・・・・

 

 

もう・・・・彼には、龍之介しか見えない。

総てを失くして得た唯1つの宝物・・・・・・・・・

 

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