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 慎吾が警視庁入りして2ヶ月が経った。職場で会えない辛さにも慣れて、慎吾と俊介は穏やかに日々過ごしていた頃、突然嵐はやってきた。

「お見合いですか?」

寝室で愛を交わしあった後の、突然の慎吾の告白に、俊介は耳を疑う。

警視庁に移動した途端、慎吾は注目の人となった。副総監を父に持つ将来有望なキャリア・・・警視総監である八神ファミリーと並んでの話題の人である。

同期の八神達彦が地方に移動して脱落かと言われている今、将来の警視総監候補と噂されていた。

そんな頃、旧華族であるところの北条家から縁談が持ち上がったのだ。

「今日、親父と2人で官房長官に呼び出されてな、そちらの幹部の北条庸徳という方の娘さんを紹介された。いきなり、サプライズで見合いさせられたわけだ」

俊介は嫌な予感がした。そんなところから来た縁談を無碍に断るわけにはいかないだろう。しかし、慎吾には普通の結婚は無理だ。

理由を聞かれれば?もしこの同棲生活の事がバレたら?自分とのこのような醜聞は後々、慎吾の出世に響くだろう。

「それって、大丈夫なんですか?」

「なんかヤバそうなんだ。親父も心配してる」

ー三浦慎吾さん・・・お会い出来て光栄ですー

そう言って微笑んだ旧華族の令嬢、北条由紀緒は黒いスーツに身を包んだ男装の麗人だった。髪も男のように短く、どこか凛々しい。

そんな少女歌劇の男役のような令嬢は、初対面であるにもかかわらず妙に馴れ馴れしかった。

「慎吾さんなら、大抵の女の人は好きになりますよね」

俊介の言葉を否定する事はできない。慎吾は経験上、自分が女性に好かれる容姿をしている事を自覚しているのだ。それは決して自惚れではなく、経験から来るものだ。

そして、例の北条由紀緒嬢も例に漏れず、始終好意的な態度で接していた。更に、強引に、また会う約束まで取り付けて帰ったのだ。

「いっそバラすか?でもそうしたら、今同居してるお前もヤバい事になるし、俺らの仲がバレるよな」

しかし、変な振り方をして、先方の機嫌を損ねると後々どうなるか不安だ。父、三浦進の立場も危うくなりはしないか・・・

慎吾はため息をつく。

「・・・美人ですか?その人」

はあ?渋い顔をして慎吾は隣の俊介を振り返る。

「女だぞ?相手は?」

「でも・・・」

どんなに美人だろうが、女は対象外だ。それは間違いない。なのに俊介はおかしな心配を始めた。

「慎吾さんは、立派に家庭持ってもおかしくない人物ですし・・・」

だから・・・イラついて慎吾はガバッと起き上がった。

「だから、無理だから。女相手に勃たないから」

「そんなの、やって見なきゃわからないんじゃないですか?」

はあ・・・諦め顔で再び慎吾は横たわる。

「学生時代、合コンとかやったし、彼女いたこともあった。カムフラージュのためにつきあっただけだけどな。見かけによらず真面目で紳士と有名だったけど、手を出さないんじゃなくて

無理だったんだ。わかるか?お前とはキスしただけでも反応する部分が、女とは何しても無反応なんだ・・・って、こんなカミングアウトなんでさせるんだ」

すみません・・・しゅんと項垂れる俊介の頭を、ぽんぽんと叩きつつ、慎吾は苦笑する。

「お前が不安になるのはわかるけど、余計な心配はするな。今、どうやって断ろうか思案中なんだから」

慎吾との別れは辛い、しかしこのまま、この関係を続けて慎吾の立場が悪くなるのは更に辛かった。

俊介は、答えの出ない迷宮に囚われた旅人のように、さ迷い続ける自分にため息をついた。

「稲葉?どうした?」

相棒の白石に心配そうに顔を覗き込まれて、俊介は我に返る。捜査会議中に考え事をしてしまって、メモさえろくにとってはいない状態だった。

「なんでもないです」

そういって、笑いながら会議に集中することにした。

「もしかして、三浦警視のお見合いの事、気にしてるのか?」

会議後、事情徴収に外に出た時、白石は訊いてきた。

ギクリ・・・なんでそんな事知っているんだろうか・・・驚きのあまり答えの出ない俊介に、白石は大笑いした。

「話題沸騰だぞ。逆玉の輿だからな〜丈夫なバックが付けば、警視総監にも一歩近づくってもんじゃないか?」

「ああ」

こんなに噂が広まっては、迂闊に断る事もできないだろう。俊介は慎吾の事が心配になる。

「心配するなよ〜北条家の娘なら親が屋敷の一つや二つ立ててくれるだろうから、お前は今いるマンション譲り受ければ、住むところの心配はしなくて済むだろ?」

そう軽く言いつつ、白石はハンドルを握り、俊介はその助手席で再び、返す言葉を無くす。

「北条家の令嬢は美人らしいから、上手くまとまるといいな」

(美人・・・なんだ・・・)

やはり、かなり心配になる俊介に、白石は追い打ちをかける。

「どうやら、令嬢の方が三浦警視にゾッコンで、夕方になると警視庁に会いに来てるらしいぞ」

どこからそんな情報が流れてくるのか、周りは俊介よりもよく知っていて、それがイライラの原因になる。

心配をかけまいと、慎吾はあの日以来、見合いの話はしない。それがかえって俊介を心配させる原因になるのだ・・・

ー仕事が混んでいて、しばらく家に帰れないー

夜、そんな電話が慎吾から来て、それっきり1ヶ月が過ぎた。

原因は例の令嬢だということは推測がつく。しかし・・・そんなに状況が悪化しているのかと心配になる。

「俊ちゃん、そんなに心配しなくても大丈夫だから」

心配して様子を見に来た三浦進はそう言うが、俊介よりも彼のほうが深刻そうだった。

「おじさま、令嬢が警視庁にまで押しかけてきてるって本当ですか?」

一緒に食べた夕食の洗い物をしながら、俊介は恐る恐る訊いてみる。

「ああ、だから外に出られないんだ。えらく気にいられたもんだな」

慎吾なら当然だ・・・と俊介は思う。どんな女でもきっと一目惚れするだろうと・・・

「断ったらまずいんでしょう?」

「断らせるしかないなあ、でも相手はかなり慎吾の事を調べていたみたいでねえ、女グセが悪いとか、病弱とか言う理由は通用しなかったんだ」

はあ・・・俊介は肩を落とす。そんな見え透いた嘘など、バレバレではないか・・・

「さらに、私を入れようとしない。”慎吾さんと2人でお話致します”とかなんとか言って追い出されて。とにかく、仕事中で会えないと断り続けているんだが、なかなかしつこくてねえ」

頭を抱えている進にコーヒーを差し出し、俊介もダイニングのテーブルにつく。

「慎吾さんの事調べたんなら、もう知っているんじゃないんですか?僕との事も」

「だったら、何でそんな男と結婚したいんだ?おかしいよ?」

首を傾げてコーヒーを飲む進の言葉に、俊介は行き詰まる。

(確かにそうだ・・・同性愛者と結婚したいなんていう女性は普通はいない。その情報は漏れていないのか・・・それとも同性愛者と結婚するつもりで・・・)

俊介の中で不安は増すばかりだった。

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