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「署長、管理者クラスの定期報告会、どうされますか?」
少年課の課長である永沢喜美子が署長室に現れた。40代のキャリアウーマンである。
「それって、必ず飲み会を兼ねないとダメなんでしょうか・・・」
デスク越しに慎吾は、にこやかに笑う。
毎月恒例の飲み会兼、報告会になっているが報告会なら、別に署の会議室で行ってもいいと慎吾は常々思っていた。
「まあ・・・息抜きも兼ねての事なんでしょうが、宴会のような感覚で出席されても・・・という感じはしておりました」
「今回は署の会議室で手短に行いたいのですが。その後、2次会で希望者は飲みに行くという事で、伝えていただけますか」
「判りました」
一礼して部屋を出る喜美子を見つめつつ、慎吾はため息をつく。
今日は早く帰らなければならない。報告会は抜けられないにしても、宴会にまで付き合う気はさらさらなかった。
(とにかく、さっさと報告会も終わらせないと・・・)
と、携帯のメールを、もう一度確認する。
俊介が病院での検査結果をメールしてきたのだ。とりあえず経過は良好、入浴の許可も出たという事だった。
まさか、骨折したルームメイトの風呂の介助のため、飲み会で早く帰りたいなどとは口が裂けても言えない。
が、入浴禁止でかなり我慢している俊介を、今夜ほったらかす事も出来ない。
(とりあえず、報告会だけきちんとすりゃ、俺はミッションクリアーなんだし・・・)
署長の権限を使って、それ位の事は許されるだろう。
俊介に甘いのは自覚している。しかし、どうしょうもないのだ。
(親父の気持ちわかるなあ・・・)
どうしても、俊介の前では軟化する。そういうオーラを俊介は持っているのだ・・・
ーさすが、キャリア・・・お堅いねえ・・・−
ーしょうがないさ、鬼の副総官殿の息子なんだからー
就業後、そんな無駄口の行き交う中、会議室での報告会は始まった。
一通り、報告を聞き、書類にまとめたあと、慎吾は席を立つ。
「では、二次会楽しんできてください」
「署長は参加されないのですか?」
副署長が訊いてきた。
「すみません、先約があるもので・・・」
と立ち去る途中で、ひそひそ声が聞こえる。
ー誰とだろう・・・−
ー副総監殿と親子水入らずか?−
ーいや、女かもな・・・−
「明日も仕事ですから、飲みすぎないでくださいよ」
釘を刺すと、慎吾は部屋を出て行った。
(まったく・・・詮索好きで困ったものだ)
廊下を歩きつつ、ため息をつく。
達彦も宴会で、いつも苦労していた事を思い出す。
付き合い・・・それもありだが、いつ事件が起こるかわからない警察で、非常事態に備えて待機していなければならないのに
酒を皆で飲むというのはどうかと最近、思い始めた。
そんな事を言うと、お堅いと言われるのだろうが・・・
ー俊介、家か?今から帰るから待ってろー
車に乗り込むと、慎吾は俊介に電話する。
ー報告会・・・いいんですか?−
ーああ、終わったから。何食べたい?ー
俊介の答えはいつも、なんでもいい・・・・
慎吾に作る時はあれこれ気を使うくせに、自分は無頓着である。
ー慎吾さんの食べたいものにしてくださいー
最後は、そう言って電話は切れる。
(面白くない奴だな・・・・)
走り出す車の中で、慎吾は俊介の事を、もう少し甘えてくれてもいいのに・・・と思う。
そういう時、心の距離を感じて少し焦るのだ。
いつも俊介は慎吾の事だけを考えている。そしていつも譲っている。
確かに初期の、何も考えずに突進してきた時代はあったが、いつも慎吾の役に立とうと
足手纏いには、なるまいとしている。今回の事もそうだ。
そこまで考えて、自分も実は、あまり甘えられないタイプである事を知る。
実の父親にも、あまり甘えた記憶が無い。
職場では常に作った自分を演じている。
本当の慎吾を知っているのは俊介だけなのだ。達彦にも見せなかった自分を、俊介には見せた。
俊介に出逢って、無条件に受け入れられる事の心地よさを初めて感じた。
一番、誰よりも気になる存在になってしまった・・・・
(これは、もうある意味、どうしょうもないな)
苦笑しながら、今夜の献立を思い描く。
ここまで誰かが、自分の中に介入してきた事は無かった。
さらに、今では自分の一部のようになってしまっている・・・
稲葉俊介という男は不思議な存在だった。
突然現れて、あっという間に慎吾の心の中を占領してしまった。
しかも、慎吾の父と俊介の父は、報われる事は無かったが、お互い想いあっていた。
そんな因縁めいた仲・・・
ー俺たちは、ちゃんと添い遂げるから、反対するなー
いつだったか、父にもそう宣言した。
いつか、俊介の父の墓前に挨拶に行って、慎吾はやはりそう言って許しを乞うつもりでいた。
今年の正月に、俊介の里帰りについていくかな・・・
そんな事を考えつつ、慎吾はマンションに向かう。
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