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いつものように署長の業務をこなしている慎吾の下に、俊介が容疑者と格闘して骨折したという電話が入った。
「稲葉が?」
田山が電話で平謝りに謝っている、しかしその謝罪の言葉など慎吾の耳には入らない。
「来るのが遅くなったな」
電話を受けたあの時、すぐに飛んで来たかった警察病院の俊介の病室・・・
結局、勤務時間を終えての見舞いとなった。
「忙しかったんでしょう。駄目ですよ、署長が任務ほっぽりだして部下の見舞いなんて」
右腕を肩から三角巾で吊るした姿の俊介が、ベッドでそう言って笑う。
俊介は、容疑者に鉄パイプで殴られ、右腕の骨を折っていた。
幸い、捕まえて、遅れてきた白石に後を任せ、タクシーで自力で警察病院まで行ったという。
「白石は何してたんだ?」
「たまたま席を外していて、僕が踏み込むの少し待てばよかったんですけど、捕まえたかったんですよ絶対・・・でも、失敗でした」
というか・・・慎吾はため息をつく。
「拳銃使えよ」
鉄パイプに素手で立ち向かったと始末書にはある。
俊介の父、稲葉俊一も殉職したとき、拳銃は構えていたが、最後までトリガーを引かなかったと聞く。
「民間人相手に発砲出来ません・・・」
俊介も実父と同じ事をしている・・・
「民間人なのか?凶悪犯だぞ?前科三犯4人も人を殺して逃げてる凶悪犯だぞ?」
あまりにも無防備ではないか・・・
「俺の寿命縮めるな」
こんな無鉄砲振りでは、一人旅もさせられない。同じ部署にいても、事故は防げなかったのだから・・・
慎吾はベッドの俊介に背を向けた。涙が溢れて抑える事が出来ないのだ。
「慎吾さん・・・」
「初めて、お前を失う事が怖いと実感した」
何も考えず突進した自分を、俊介は悔いた。自分には大事な人がいる。怪我をしただけで涙を流す最愛の人がいる。
もし、命を落としていたら、その人に与える打撃は途方も無いのだ。
「すみません」
慎吾の足手纏いになりたくなくて、優秀な警察官になりたくて、無茶をしすぎたここ数ヶ月・・・かえって迷惑をかけてしまった。
「あまり過信するなよ。お前は確かに合気道の達人だが、相手はルール無し、武器アリのフリーダム戦法なんだぞ。
いつも俺は行っていたろう、無茶はするなと」
昔、無茶な達彦の囮捜査につきあわされていた記憶が蘇る。どれだけ、びくびくしたか判らない。
「お前のお袋さんの事も考えろよ」
夫は殉職、その息子も・・・など洒落にもならない。そうでなくても、俊介が警察官になる事を反対していたのに・・・
すみません・・・俊介は、窓際で夕日に照らされて背を向けている慎吾の後姿を見ていた。
自分がこんなに慎吾に大きな影響を与える存在だとは、思っても見なかった。
「俊ちゃん!」
突然、病室に三浦副総監が飛び込んできた。
「骨折したって?大丈夫?」
「親父・・・超早耳じゃないか?情報早すぎ」
溢れていた涙もどこかに引っ込んでしまい、慎吾はただ呆れて振り返る。
「たまたま居合わせてな、ロビーで町田署の警部が犯人捕まえて名誉の負傷だって看護婦が話してるの耳にして
もしやと思って確認して飛んできたんだ」
たまたま居合わせた・・・慎吾は父を観察した、どこか怪我をした風ではなさそうだが・・・
「おじ様、どこかお怪我でも?」
同じ発想をした俊介が訊く。
「いや、八神が銀行強盗捕まえて、怪我した。と言ってもナイフで切りかかって来た奴を投げ飛ばした時、手が切れてな。
ほら、ナイフの柄掴んでも手が大きいとはみ出して、刃の部分まで握りこんじまうだろ?」
それは判るが・・・何故、警視総監が直々に強盗を逮捕するのだろう?
慎吾と俊介は顔を見合わせて首をかしげる。
「あ、通りがかっただけなんだ、外回りの帰りに。驚いたよ、シャッター閉まっていく銀行に滑り込んだと思ったら
5分後には犯人に手錠かけて出てくるんだから。あの素早さは何なんだろうな」
達彦の無茶振りは、父の遺伝によるものと判明した。
「状況判断無しに勘だけで突っ込む癖は健在だな。危ないだろ?」
いや・・・黙って静観していた親父も、なんだか凄いよ・・・と慎吾は苦笑する。
それだけ、八神孝也の能力を信じていたのだろうが・・・
「で、八神のおじさん放置して、ここに来たのか?」
「いや、あいつ今は記者に捕まって尋問受けている」
尋問じゃなくて、取材を受けているんだろう・・・慎吾はそう突っ込みたかった。
「明日の朝は新聞に載るな〜警視総監、直々に銀行強盗を逮捕・・・とか」
「付き添わないのか?NO2?」
「ああ、いってくる。俊ちゃんが無事なのを見届けたから」
慌しく去る父の背中を見つめつつ、慎吾はため息をついた。
「いいコンビですね。警視総監殿と副総監殿は・・・」
大笑いしている俊介の肩が震えている。
「俺らは、あんなバカコンビには、ならないでおこうな。まったく・・・あれで世間では堅物の副総監で通っているんだから、
皆どこを見てるんだか・・・」
動揺を見せまいと隠しているが、父もかなり動揺していたと、慎吾の目には見えた。
おそらく、最愛の人、俊一を亡くした時の事を思い出したのだろう。
「色んな人の寿命縮めて、迷惑だから、今後は怪我するな」
ベッドの脇の椅子に腰掛けて、慎吾は苦笑する。
はい・・・多分、立場が逆なら俊介もうろたえていただろう。
「気をつけます。もう、一人じゃないから・・・」
シーツの上に置かれた俊介の手に、慎吾は自分の手を重ねる。
「うん。それにしても、完治するまでお預けか?て、それ酷くね?」
「辛いのは慎吾さんだけじゃないんですからね・・・」
ふうっ・・・しばらくは俊介は病院、慎吾は一人で部屋に帰る事になる。
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