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退勤後、八神警視総監に夕食に誘われて、慎吾はプリンスホテルに向かう。

家に呼ばれる事は多かったが、外食に誘われるのはかなり久しぶりだ。

308号室・・・・指定された客室を探し当て、ドアの前で携帯で八神に電話する。

どうやら、仕事で八神は今夜はここに宿泊するが、内密の業務らしい。

中から確認した後、ドアが開けられた。

 

「すまないね、呼び出して」

すでに室内では、ディナーがセッティングされていた。

「いいえ・・・お邪魔してよかったのですか・・・」

微笑む慎吾に、八神はテーブルに着くように勧め、自らも椅子にかけた。

「書類整理に篭るだけなんだ。重要書類だから、閉じこもって処理する。別に特務では無いのだが

安全のため、あまり公表していないし、ここには人を呼ばないようにしている」

「いいんですか?俺が来たりして?」

人を呼ばないようにしているのに、自分は呼ばれた・・・慎吾は苦笑する。

「話したい事があってな。家で話すより、誰もいないところで・・・だからついでだ」

とワインを自分のグラスと慎吾のグラスに注いだ。

「秘密の話ですか・・・怪しいですね」

警視総監にも茶目っ気を見せる慎吾・・・長い付き合いだからだろうか・・・

「稲葉俊介の事だ。俊一の息子と暮らしているらしいが・・・」

慎吾の顔から笑顔が消えた。警告でもされるのだろうか・・・そんな思いが頭を過ぎる。

「はい、職場も同じだし、今いる部屋は一人で住むには広すぎて、間借りさせています」

「稲葉俊介・・・どうだ?」

どうと聞かれて、なんと答えて言いか判らない慎吾を見て、八神は笑う。

「プライベートな事を訊いているのではないし、二人の関係を責めているのでもないから安心しなさい」

天下無敵で、めったに見る事のない慎吾の困り顔を見てしまった八神から笑いが漏れた。

「慎吾君も困る事あるんだな・・・」

「辞めてくださいよ・・・まあ、そう言うならば、俊介は俺のアキレス腱ではありますけど」

ふむ・・・頷いて八神はナイフとフォークを取る。

 「天下無敵の慎吾君の、そんな困り顔、久しぶりに見るぞ・・・」

含み笑いの八神に苦笑しつつ、慎吾はワインをあおる

「稲葉俊介はそんなにツワモノなのか」

 「ある意味では・・・」

確かに、自分を翻弄した男は俊介が始めてだったかも知れない。達彦ですら、慎吾の手のひらの上だった。

鬼頭優希が現れるまでは・・・・。

「純粋に、まっすぐに突進してくるので、もてあます事もあります。」

「それにしては充実してる感じがするが・・・」

「そうですか?」 

「こう言うのもなんだが・・・妙にツヤツヤしてるぞ?最近」

警視総監殿・・・・・・慎吾は答えに困る。どういうつもりで言っているのか、真意が図れない。

「達彦もそうだが、最愛に出会うと変わるものなのか・・・」

では・・・慎吾は顔を上げて八神を見つめる

「達彦と鬼頭優希の事・・・」

 「黙認する事にした。どうでもいいように生きていたあいつが、自分を労わる事を覚えたんだ・・・

凄い進歩だと思わないか?」

鬼頭優希のお陰・・・そういうことなのか。

「だから、慎吾君達の事も、見守ろうと思う」

その事が言いたかったのか・・・・慎吾は少し目頭が熱くなるのを覚えた。

「俊一が去ってから、進は落ち込んでいた。私ではどうしてやる事も出来なかった。達彦や慎吾君のそんな姿は見たくない」

ー進を頼む・・・支えてやってくれー 

そう、稲葉俊一に頼まれたにも関わらず、当時の八神は、自分ではどうすることも出来ない葛藤に苦しんでいた。

3人一緒にいても、進には俊一だけしか見ていなかったのだ・・・・

「お互い高めあえるのなら、わざわざ引き離す事はないと思う。だから、どちらかが身を引いたり、そんな事無いように・・・・

そう思ってな」

「ありがとうございます。キャリアでいる事に疑問を持っていた俊介も、今では将来の俺の相棒を目指して努力しています」

うん・・・八神は満足げに頷く。

「期待している。それでは、警視の空きが出たら稲葉は配置換えしても大丈夫だな?」

 「はい。最終的にあいつは俺の直属の部下になるんですから。少し旅をさせて鍛えないと・・・」

俊介を送る覚悟は、すでに出来ている。

「まあ、問題ないだろう?一緒に暮らして、毎晩一緒なんだから・・・」

 少し寂しい気もするが、慎吾は、それは仕方ない事と割り切ることにした。

「俊介はあれでも、しっかりしてますから大丈夫ですよ」

 「俊一の息子だからな・・・私も個人的に会って話したいところだが、進に気を使ってしまってな・・・」

「まあ・・・そうですね・・・」

苦笑するしかない慎吾・・・・父のあの可愛がりように割り込む隙は無い。

「時間とらせてすまなかった。今度、稲葉と家に来なさい」

「はい・・・」

うなづいて 立ち上がる慎吾に、八神は思い出したように訊く。

「タクシーで帰るのか?」

「いえ、電話すれば、俊介が俺の車で迎えに来てくれる事になってます」

 「気をつけて帰りなさい」

八神の声を背に、慎吾は部屋を出た。

 ロビーで俊介に電話をし、外で夜風にあたりながら、父、進と八神と、俊介の父の事を思い巡らせる。

「慎吾さん・・・」

ホテルの前に現れた車から俊介が顔を出して呼んだ。

「ああ。わざわざすまない、ワイン飲んだから・・・」

ーいいワインを用意しとくから、タクシーで来なさいー

八神からそう言われて、飲むつもりで車は乗って来なかった。

「いいえ、慎吾さんのアッシーなんて光栄ですよ」

アッシーは古いだろう・・・アッシーは・・・  苦笑しながら慎吾は助手席に乗る。

「何か言われました?僕の事とか?」

俊介も色々気にしていたようだ・・・心配そうに訊いてくる。

「見守るそうだ。わざわざ引き離すような事はしないと仰った。達彦の事も黙認しておられるな・・・あれは」

走り出す窓の景色を眺めながら、慎吾は笑う。

「それは・・・よかったんですよね?」

「ああ。警視総監殿、公認って事」

それって・・・何だか凄いな・・・俊介は苦笑する。

「だから〜身を引こうなんて事は考えるなよ?」

はははは・・・・・・俊介は大爆笑した。

「もう、今更そんな事考えませんよ。というか・・・慎吾さん無しでは、もう無理なんですから・・・責任とってくださいよ」

「ここで、そういうこと言う?もう少し我慢しなさい、お家に着くまで・・・・」

そういう意味じゃ無いんだけどな・・・と横目で慎吾をちらっと見、俊介は再び運転に集中する。

「一生、責任持つから、ついて来いよ」

そんな慎吾の声が耳に心地よかった。

 

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