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「稲葉、昨日は飲み会、途中で帰ってすまなかったな・・・あれから課長どうだった?」
聞き込みのため、移動中の車の中で白石はすまなさそうに聞いてくる。
「ああ・・・迎えに来てくださった三浦署長が、タクシー呼んでくださって・・・」
「乗せて帰したか・・・署長もやるな〜というか、いいよな〜お前。強い味方がいて」
ため息の白石。
「やはり、あれか?キャリアはキャリア同士仲良しって事?」
イヤミな言い方でないが、俊介は答えに困る。それでなくてもー稲葉は署長のお気に入りーというレッテルが、
いつの間にか貼られていて、稲葉俊介に何かすると署長に睨まれる などという噂があちこちで囁かれているのだ。
しかし、白石はなんとなく慎吾が俊介を気に入っている理由が判る気がした。
三浦慎吾という男は、ある意味ブランド志向だと判断している。
しかも、それは若い女性たちのバックや装飾品などに見るロゴ崇拝とは違っていて、内容重視的なものだ。
キャリアで実力派といっても、人格者でなければ相手にもしない。
自信過剰で、傲慢なキャリアたちの中で、俊介は謙虚で礼儀正しい。それだけでも好かれる要素は充分だろう。
「稲葉は、三浦警視の将来の右腕決定だよな・・・・」
「そんな・・・」
俊介は言葉に困る。
「でも、窮屈だろ?男二人で同居って・・・」
やはり、周りにはそう見えるのだろうか・・・俊介は考え込む。
「女連れ込めないじゃないか?どうしてるんだ?」
「え・・・いませんから・・・彼女とか・・・」
「お前はいなくても・・・三浦警視は?仲良しもいいけど、プライベートないんじゃつらくね?」
やはり、男の二人暮らしは変なのだろうか・・・俊介は、いつになく深刻になってしまう。
「そういえば三浦警視、ああ見えて堅物だとか?女に目もくれないとかいう噂だけど・・・まさか・・・男と・・・」
「まさか・・・」
内心、冷や汗がにじみ出ていたが、俊介はポーカーフェイスを保った。
「夜、襲われたりとかしなかったか?」
「怖い事を言わないでくださいよ。三浦警視が、僕なんかに手を出すはずないでしょう?」
「いや、皆言ってるぞ?『俺はストレートだけど、稲葉だったらOKだ』って。お前結構可愛いからな〜」
ええっ・・・・助手席の俊介は、運転席の白石を避けて、車の窓に我が身を押し付けた。
「おい・・・俺は違うぞ〜他の奴らが・・・・つーか、そんな事言っても、本当に男と出来るわけないじゃないか・・・
第一、勃たないって〜」
ははは・・・・苦しい笑いを交わす白石と俊介だった。
月明かりの中、慎吾の腕枕でまどろんでいた俊介がふと、昼間の白石との会話を思い出した。
「慎吾さん・・・男同士同居しているのは、周りから見て変なんでしょうか・・・」
「何か言われたのか?」
正直に俊介が、白石が言っていた事を伝えると、慎吾は少しむっとして黙り込んだ。
「慎吾さん・・・疑われないためにも、別に暮らしたほうがいいかも知れませんね・・・」
俊介の心配は、もっぱらそこにあった。
「『俺はストレートだけど、稲葉だったらOKだ』と?そんな目でお前を見てる奴がいるって事か?」
え・・・そこに引っ掛かっているんですか・・・俊介は少し困っていた。
「いっそ、”俊介は俺のモノ”宣言するか?」
え!俊介の心配とは、正反対の方に事態は向かっている事に、俊介は戸惑う。
「駄目ですよ・・・なんで、そんなスキャンダルを自分で作るような事するんですか」
「別に、バレても俺は、なんともないけど?」
何で・・・・俊介には理解できない。
副総監の息子で、キャリアで、エリートで・・・そんな慎吾が、何故そんな階段落ち級の行為に出るのか・・・
「なんか・・・達彦の気持ち判る気がする。こういう事、知られずにこそこそしてりゃ問題ないとか思ってたけどさ
今は出世とかのために、お前を失いたくないんだ。」
だからって・・・あまりにも極端ではないか。俊介は、慎吾ならうまくこんなことも切り抜けて、すり抜けて
かわして行けると信じていた。そうするつもりなのだと、勝手に思っていた。
慎吾はふてぶてしく、大胆に社会的地位も、俊介も手にしたまま成功すると思っていた・・・
「嫌ですよ。僕のために、慎吾さんが社会的地位を失うのは・・・それならいっそ・・・」
続きの言葉は、慎吾の唇で塞がれ、途切れた。
「それが嫌だから、俺は・・・」
僕のせいなんだ・・・引き返せないと知っていた。引き返すつもりもなかった。
しかし、この恋がこんなにも、相手を束縛してしまうものとは思わなかった。
今なら判る。慎吾が俊介を受け入れることを躊躇った理由が・・・
「すみません。絶対離れませんから、だから・・・ふてぶてしく、全てを手に入れてください。」
「出来るのか?」
貴方なら・・・出来ると俊介は信じる。
「信じていますよ。でも、貴方と地獄まで堕ちる覚悟も出来ていますから」
ふっー慎吾は、相変わらずの俊介の一途さに呆れる。
そっと俊介を抱き寄せながら、慎吾は行くところまで行く覚悟を決める。
「お前と一緒なら、たとえ地獄でも、俺には天国だ」
「ごめんなさい・・・」
慎吾を愛した故に苦しめる事になった・・・そんな事もわからないまま、ただ突進した自分・・・俊介は少し、後悔した。
「謝るな。後悔もするな」
強く抱きしめられて慎吾の胸に顔をうずめたまま、俊介は涙を零す。
後悔などしないはずだった。のに・・・・・慎吾の事を思うと色々な想いに駆られる・・・・
「以前の俺の所業は自慢出来るようなものじゃないが、今、俊介との事は恥とも罪とも思わない。
自分の気持ちに偽りがないからだ。いやむしろ誇らしい。だから、俊介は罪悪感とか感じるな」
「絶対に、僕はあなたを支えて、警視総監にして見せますから」
そうこなくっちゃ・・・・慎吾は笑って俊介を抱き上げて、自分の身体の上に上がらせる。
「俊介は芯の強い奴だから、将来、必ず俺を助けてくれる。信じているよ」
月明かりの下、見下ろした慎吾の笑顔に、俊介は子供のころ、自分を抱き上げて笑っていた父の笑顔を思い出す。
「本当に、もう離れませんよ・・・」
そう言いつつ、俊介は慎吾の額に自らの額を押し当てる。
うん・・・少し顔をずらして慎吾は俊介にくちづけた。
「本当に、子泣き爺みたいに離れないんだから・・・」
うん・・・・慎吾は笑って、俊介のパジャマを脱がしにかかる・・・
「寝ないんですか・・・明日、早いですよ」
「すぐ終わる・・・」
もう・・・頬を膨らませて微かな抵抗を試みるが、慎吾の手のひらの中で、篭絡されてゆく自身を俊介は感じる。
「ほら・・・俊ちゃん、もう、ここが大変な事になってるよ?」
「慎吾さんだって・・・当たってますよ・・・」
「だから〜すぐ終わるって〜〜」
明日、起きれるのかな・・・寝坊しないかという心配も、いつしかどこかに消え去ってしまっている自分に俊介は苦笑していた。
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