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「今日は稲葉の昇進祝いで宴会だ」
事件がひと段落ついて、課長の田山がそう切り出した。
「奢りだろ?やっぱ・・・」
ええ・・・金の問題ではなく、酔っ払う事が問題の俊介は、途方にくれる。
しかし、職場が何処であれ、酒宴は避けられない宿命である。
「昇進祝い?」
昼休みに俊介から携帯に連絡があり、慎吾は眉をしかめる。
ある程度、毎日の晩酌でスキルはあげてみたが、不安が残る。
「俺がついていったらダメか?」
「そんな・・・お母さん同伴の過保護じゃあるまいし、恥ずかしいですよ」
絶対課長に飲まされるに決まっている・・・
「しょうがないな・・・」
今回だけではない。これからも酒の席は付いて回る。
「帰る時、電話しろ。目立たないところでひろってやるから・・・」
そう言って一旦電話を切る。
「稲葉・・・飲み会大丈夫か?お前酒弱くない?」
午後の業務が始まったとたん、相棒の白石が心配して聞いてくる。
「日々訓練はしているんですけどね・・・」
だからと言っていきなり酒豪にはならないのが世の常。途中抜けも今回は難しそうだ・・・
「ウチは皆、飲むより帰りたい奴らだから、さっさとお開きにすればいいさ。でも課長はきっと最後まで残っていると思うけど?」
ですよねえ・・・・・・・俊介はため息をつく。
案の定・・・・・
10時過ぎた頃には、皆、一人、二人と去って行く・・・
「稲葉ぁ〜〜」
激酔いしている田山の横で、俊介は一人途方にくれていた。
「あ〜あ〜こんな事だろうと思った」
聴き慣れた声がして、振り向くと突然現れた救いの神、三浦慎吾・・・・
「慎吾さん・・・」
「置いて帰りゃいいのにさ・・・」
「でも・・・」
ため息と共に、慎吾は携帯を取り出すとタクシーを呼び、ひき続き田山の自宅に電話をかけた。
「あれでよかったんですか?」
慎吾の車で帰る途中、俊介は心配げにつぶやく。
「大丈夫だろ?ちゃんと行き先告げてタクシーに乗せてやったし、課長の奥方にはちゃんと話したから、家に着いたら
受け取ってくれるだろう」
そんなものなのか・・・・助手席で悩みつつ頷く俊介を慎吾はちらりと一瞥する。
「気にするな。ただの酔っ払いなんだから。それよりお前、酔っ払ってないな、よしよし」
「訓練の賜物ですかね」
「訓練は大事だ。しかし・・・まったく酔わなくなるとつまらないんだが・・・」
なんでですか・・・俊介はしょっぱい顔をする。
「お酒が入ってエロモードな俊ちゃんて、可愛いんだもの〜」
「慎吾さん!」
俊介に叱られて、大笑いしながら慎吾はマンションの駐車場に車をとめて、ドアを開けた。
「他の奴には禁止だけど、俺にはそれくらいの特典があってもいいんじゃないのか?」
「僕の意識が無いって言うのが嫌なんですよ」
そうだなあ・・・・笑いながら慎吾は夜空を見上げる。
「そりゃ、素面であんな事してくれりゃ〜最高だけどさ・・・」
「て・・・僕何したんですか一体?」
車から降りて、慎吾に詰め寄る俊介を慎吾は軽くかわす。
「秘密〜」
「ずるい〜」
ははははは・・・・・
俊介も、思ったよりは、酒の席をそつなくこなしているようで、慎吾は安心した。
自分の傍に置くと言う事は、俊介も自分と同じくらいに、何事もこなせなければならないと慎吾は思っている。
そうでなければ、誰かがその位置を奪いに来るだろう。
いつも守られている存在・・・それは不安定で足手まといになる。
慎吾は俊介に同等の能力と力を望む。時には自らの位置を狙い、奪い取るほどの雄雄しさと猛々しさを要求する。
それでこそ我が相棒と言えるのだ。
(これからだ・・・俊介はどんどん伸びてゆく)
そう信じている。
守り、いとおしむだけが愛ではない。
俊介が女ならそれでもいいが、男である限りは、彼を一人前に鍛え上げるのが先決だ。
俊介の父が慎吾の父に与えたのはそんな愛情だったのだ。
エレベーターを降りると、俊介はポツリとつぶやいた。
「慎吾さん・・・僕の事、心配でたまらなくて来たんでしょ?」
俊介も理解しているのだ。自分が慎吾と肩を並べられる程にならなければならない事を。
そしていつか、慎吾の役に立つ部下になりたいと思っている。
「気にするな。お前が頼りないとかじゃなくて・・・田山にお前取られてるのが嫌だったし」
俊介がドアを開け、二人は部屋に入る。
そして鍵をかけると慎吾は、俊介をリビングのソファーに連れ込んだ。
「もう、限界来てる・・・・」
ソファーにいきなり押し倒されて、呆気にとられた俊介に、慎吾は詰め寄る。
「家で待つとさ、頭の中が俊介だらけなんだよな。仕事とかで夜別々なのと全然違うんだ・・・」
くすっ・・・どちらかというと、家で慎吾を待つことが多い俊介は笑う。
「少しは僕の気持ち判りました?」
緩んだ俊介の唇は、いやおうなしに慎吾に塞がれた。
「ちょ・・・酒臭いでしょ?」
「いい」
「寝室・・・行きません?」
「ここでいい」
「服が皺になりますよ・・・」
「じゃあ、脱げ」
と、さっさと脱がされてゆく俊介は、慎吾を一人にした事を少し申し訳ないと思った。
(にしても・・・これじゃ、まるでお子様じゃないか・・・)
「笑うな」
慎吾に言われて、俊介は口元を引き締める。
「でも、来てくださって嬉しかったですよ。白馬の王子様が助けに来てくれたって感じでした」
そっと慎吾の背に腕を回す。
「たまには、お姫様になるのもいいなって・・・」
「俺には頼っていいから」
はい・・・頷いて俊介は慎吾を引き寄せた。
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