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「稲葉、辞令だ」

署長室に呼ばれた俊介は、慎吾に辞令を渡された。

「警部昇進おめでとう」

「ありがとうございます」

2人っきりの署長室で、他人行儀な挨拶を交わす。

「慣れるまでは、しばらく田山課長のもとで、現場実習しろとのお達しだから、頑張れ」

おそらく、三浦進副総監の助言で、八神警視総監が指示したのだろう。

二人とも”稲葉俊一の息子”には甘い。慎吾は内心ほっとするが、田山の俊介いじりに気を揉む日々が続く事に、ため息が出る。

キャリアになりたかったわけじゃない・・・地元の警察官でいたい・・・そう悩んでいた俊介は今では、慎吾を追い始めた。

内外共に慎吾を支えて行くために、将来、慎吾の役に立つ右腕になるために。

多くの人のために警察官をしていたかった彼が、今は三浦慎吾という最愛の人、一人のために、今の位置にいる矛盾は

どうしょうもないが総ての職業は社会に貢献しているのだと、言い訳して納得する。

 

「それでは、現場に戻ります」

一礼して、俊介は部屋を出た。

(とにかく、与えられた環境で一生懸命頑張らなくては・・・)

辞令を握り締めて俊介は廊下を歩く。

しかし・・・・警視総監、副総監にコネがあるなどと、周りに知れたら大変だろう。

まさか、目に余る贔屓など、あるはずは無いが、にしても三浦進の過保護は知られるべきではない。

といっても、自分はまだ他人。慎吾は実の息子なのだ、隠しようも無いし、実力も、七光りと評価を下げられる立場にある。

(慎吾さんて、大変だったんだな・・・)

改めて慎吾の苦労を思う。

しっかりしていないといけない、堂々としていなければいけない、周りを敵に回す事は避けなければいけない。

人に合わせて、相手に好印象を与える・・・・・

達彦が姑息だと感じた、慎吾のその世渡りは、自分を守るためだった。それが生きる術だった。

人も羨む超エリート2世は、世知辛い人生を歩んでいる。父、進もその事を知っていて、職場では慎吾に厳しい。

 (帰ったら、肩でも揉んであげよう・・)

急に慰労してあげたい気分になる・・・・

しかし俊介自身、上司の攻撃を免れない。田山と同級の警部になってしまった・・・

(また、何か言ってくるなあ・・・)

もともと八つ当たりされやすい俊介は、覚悟を決める。

(慎吾さんのためなら、たとえ火の中、水の中・・・これくらい何でもない・・・)

と決意して、刑事課のドアを開けるや否や・・・・

「俊ちゃ〜〜〜ん、警部だって?おめでと〜〜〜〜」

田山の攻撃がやってきた・・・・

 

 

 

「で、今日は散々、課長にイヤミ言われたろ?」

食後のコーヒーを受け取りつつ、慎吾は笑う。

「それくらい、なんでもないですよ。」

自分のコーヒーを持って、俊介はソファーの、慎吾の隣に座る。

「まあな・・・達彦も散々だったぞ。あいつも不器用だから・・・」

「八神警視も・・・ですか?」

警視総監を父に持つ達彦が、自分と同じ位苦労しているとは・・・

「あいつはクソ真面目で、融通が利かないから大変だ。傍で見ていてハラハラするぞ?」

やっと、達彦の事を何の感情の介入も無く話せるようになった。片思いして、振られたのは遠い昔の事・・・

 「あいつは、出世とか興味ないしなあ・・・それより、やくざの跡取りと恋仲っていう凄い状況だし・・・」

はあ・・・俊介はため息をつく。他人事ではない・・・

やくざではないが、自分達も反社会的な関係と言えなくも無い。

「まあ、ある程度昇進すれば、周りは皆、キャリアだから、ねたむ奴なんかいないって・・・」

 「慎吾さんも大変ですよね・・・その若さで署長だから・・・」

「もう、ある意味、ずうずうしくないと生きて行けないからな。何にしても、まだ同伴出勤できるし、よかったな」

「はい」

しかし、この状態に慣れると、後が怖いとも感じる俊介・・・

「あ・・・三田署、無事に解放されたみたいだな・・・」

リモコンを手に、テレビのチャンネルを替えていた慎吾がふと呟く。

「ニュースですか・・・え、ここ、八神警視が副署長されてる?!」

うん・・・・心配で時々、八神家に電話していたが、何とか一件落着したらしい。

「N国の皇太子の亡命が目的だったらしくて・・・まあ、上手くいったみたいだな・・・」

「心配でした?」

俊介に覗き込まれて、慎吾は苦笑する。

「知り合い並には、心配したな・・・でも達彦は、ああいう状況をひょうひょうと乗り越える能力があるから・・・才能とでも言うのかな?」

ふう・・・ん・・頷く俊介を慎吾は肘でつつく。

「おい、誤解するな。もし、これがおまえんとこの事件なら、俺はパニックおこしてるぞ?」

「というか・・・もし、僕の職場が襲撃を受ければ、慎吾さんも同じ状況でしょう?」

ああ・・・そうだった・・しかも署長の自分が一番、責任ありで危険だったりする。

「とにかく、達彦に対する特別な感情は無いけど、八神家とは家族ぐるみのつきあいだから。そこんとこ理解しろよ?」

「判ってますよ」

カラのカップを受け取り、俊介は台所に向かう。

「八神警視だって、恋人いるのに、慎吾さん相手にするわけ無いじゃないですか・・・」

ガチャガチャとカップを洗いつつ、俊介は笑う。

「それ・・・フラれたって言いたい訳ね・・・」

「まあ、そうです」

手を拭きながら、にっこりと微笑んで振り返る俊介の笑顔に、怒る気も失せる慎吾・・・

「まあ、いいか・・・風呂行ってくる」

と立ち上がる慎吾に、俊介はバスタオルを手渡す。

「ええ、沸いてますよ〜」

少しは慎吾に近付けた・・・それが嬉しくてたまらない。

いつまでも頼りっきりの自分ではなく、慎吾を支えてゆける自分になりたい。

「がんばろう」

そっと独り言をつぶやく。達彦にも負けたくない。いろんな意味で・・・

慎吾の気持ちを、疑ってはいないけれど、かといってライバル意識は抜け切らない。

 物分りがいいような振りをして、結構、嫉妬深いかも知れない自分を感じつつ、俊介は窓辺に立ち、カーテンをひく。

 

 

 ーおーい俊介〜シャンプーきれてる〜ー

浴室からの慎吾の声に、脱衣室に向かう。

「買い置きは・・・」

棚から、セールの時にまとめて買ったシャンプーをとりだす。

 「ボティシャンプーは、まだありますよね?」

そう訊きつつシャンプー片手に俊介は浴室の戸を開ける。

「うん・・・」

「こういう時、同居人はありがたいでしょ?」

シャンプーを置いて、ズボンの裾をまくり、腕もまくる。

「おい?」

「今日は特別、シャンプーしてあげますよ」

「ええ〜いいよ・・・」

頭を、誰かに洗われるのは小学生の時以来だった。慎吾は慣れない状況に戸惑う。

「どうしてですか?いつもは一緒にお風呂入りたがるのに?」

ポンプを押してシャンプーを手に取ると、慎吾のすでに濡れている髪になじませる。

「だから、洗ってやるって言ってんだ・・・洗ってくれとは言ってないし。それに、これは一緒に入ってるんじゃないだろ?」

文句を言いながら、されるがままな慎吾・・・・・

「サービスです〜」

何いきなり・・・・いつもと違う俊介のテンションについていけない。

「こういうサービスじゃなくて、別のサービスしろよ・・・ベッドで・・・」

「じゃ、背中も流してあげます〜あ、もう全身洗ってあげましょうか?」

もう・・・全然聞いてないし・・・慎吾は半泣きになる。

 

 

 

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