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「ご馳走様」
食後のコーヒーを受け取り、三浦進は俊介を見上げる。
俊介を食事に誘ったのだが、逆にマンションに誘われ俊介の手料理で、もてなされてしまった。
「たまにはいいでしょう?家庭料理も。」
今夜、慎吾は警視庁に呼ばれて、接待で遅くなる。
ゆっくり二人で話したかった進は、かえってマンションの方がいいと判断してやって来たのだ。
息子の部屋・・・だが、俊介との愛の巣でもあるこのマンションに近頃、足が遠のきがちだった。
頭では理解してはいるが、具体的に慎吾と俊介が恋人であると言う事実は、いまだに拒否感がある。
もし、突然たずねてきて、そんなシーンに出くわしたら、ショックこの上ないだろう。
それでなくても、リビングのソファーを見た時、飯田の一件が脳裏に浮かび、嫌悪感を感じているのに・・・
そして、徐々に飯田の姿が自分の息子に変換されていく・・・・
「本当に、これでよかったのか?」
はい?
深刻な進の言葉の真相がつかめず、俊介は首を傾げる。
「どうして、慎吾なんかと・・・」
ああ・・・意味を解して俯く俊介・・・
「どうしてなのか判りませんが、好きなんです。僕が無理矢理、押しかけてしまいました・・・」
八神達彦の話でも、慎吾は最後まで俊介を受け入れる事をためらっていたらしい。
「受け入れてもらえたからよかったけど、拒絶されてたら、目も当てられませんよね・・・」
苦笑する俊介に、返す言葉も無い。
どこか俊一を彷彿させる慎吾、昔の自分に似ている俊介・・・
もし、あの時、俊一が自分を受け入れていたら、どうなっていたのだろう・・・進は考える。
今の慎吾と俊介のように暮らせたのか・・・・
(いや、考えても仕方ない。俊一は自分を愛してはいなかったのだから。俊一のそれは友情であって、愛情ではないのだから)
そこまで考えてふと、俊介を見る。
愛する人に愛される事が出来た俊介は、運がよかったのか?運、それだけの問題だったのか・・・
「おじ様・・・」
深い物思いに耽っている進を、俊介は心配そうに見つめる。
「いや、今を後悔しているわけじゃない。むしろ幸福だと思える、でも時々思うんだ。俊一と一緒だったら、どんな人生送っていたのかって」
俊介は静かに視線を落とす。昔、父が愛していたが故に、身を引いた最愛の人が目の前にいる。
父の代わりに、自分はこの人に何をしてあげられるのか・・・・
「拒絶は時には、最大の愛情表現でもあるんですよ・・・・」
進は俊介を見る。何故か、一瞬、俊介が俊一に見えた。
「おじ様は、こうして今じゃ鬼の副総監殿です。父の願いは成就したんですよ」
それで納得できるかどうか・・・俊介には判らない。自分自身、将来の地位と慎吾を秤にかけた時、地位など、とるに足りない物で
あるからだ。
「慎吾さんが、僕を簡単に受け入れなかった事も、愛情だったんだと後で気付きました。結婚って形では、成就しない関係じゃないですか・・・簡単には無理でしょう」
しかし、俊介と慎吾は、その難しい道を選んだ。
「俊ちゃんは、それでいいのか?」
はい。迷いの無い笑顔がそこにある。
「僕は、慎吾さんに必死でついて行くつもりです。最終的には、慎吾さんの直属の部下になる予定です。奥さんにはされなくても
右腕にはなれるから・・・」
そうか・・・進は頷く。俊介は強いのだ。相手に寄りかかって頼っていた昔の進とは違う。俊介なら慎吾を支えてゆける。
「そうか、安心したよ。でも慎吾は叩けば埃の出る奴だから、苦労するよ」
いつも自分が口にするフレーズに、俊介は苦笑する。
「慎吾さんって、完全犯罪目指してますけど、結構あちこちでバレバレな、トロいところあるんですよ〜」
へえ・・・進は、俊介の意外な一面を見る。
慎吾を支えるどころか、手のひらに収めてしまっているではないか・・・・さすが俊一の息子だけあると思う。包容力は父親並みだ。
「確かに、ああ見えても、あいつは甘えん坊だからな・・・昔から図体がでかくて、兄貴タイプな為に肩肘張って生きてきたよな・・・」
そうそう・・・俊介は頷く。同居して知った慎吾の外面と中身のギャップ。
「案外、可愛いですよね〜慎吾さんって」
俊介にそう言われるとは・・・慎吾が知ったら、どんな顔をするだろうか。
「でも、内緒ですよ・・・」
ガチャッ・・・・
玄関のドアが開いて慎吾が入ってきた・・・
「何が内緒なんだ?二人して何コソコソ話してるんだよ・・・」
「お帰りなさい・・・」
瞬時に立ち上がって、俊介は慎吾を出迎える。
「そのうち、お前とも二人で面接するからな・・・」
進も、立ち上がって玄関に向かう。
「何の面接?て・・・もう帰るのかよ?」
「いたら、お邪魔だろ?」
悪意の無い、さらりと言われた父の言葉だが、慎吾には喧嘩を売られているようにしか思えない。
「まあ・・・二人でまったりしろ。」
という言葉を残してドアは閉められた。
「可愛くねえ親父だな・・・」
閉まったドアを見て、慎吾はつぶやく。
お父さんが可愛いってどうなんですか・・・・心の中で俊介は突っ込む。
確かに、慎吾に対する態度と、俊介に対する態度が、まったく違う事は明白ではあるが・・・・
「親父ってさ・・・お前には超甘々じゃないか?」
そう言われれば・・・・そうではあるが・・・
「あれですよ・・・”俊ちゃん” はOKだけど、”慎吾ちゃん” は違和感があるって言う・・・」
「そういう問題か?」
苦笑しつつ、俊介は慎吾の脱いだ上着を受け取り、ハンガーにかける。
「見た目が可愛いと可愛がられて、図体がでかいとNGなのか?」
すねたように慎吾は、ネクタイを緩めてソファーに座る。
「態度や言葉遣いはどうであれ、おじ様は慎吾さんの事、凄く愛してると思うんですけど・・・・」
入れたコーヒーをソファーに座る慎吾に運び、俊介は隣に座った。
「おじ様も結構、照れ屋だから素直になれないんでしょう」
(にしては、俊介には保母さんモードじゃないか・・)
後にも先にも、あんな父を見たのは俊介の前でだけだが・・・・
「親父には、お前は特別なんだろうな・・・で、親父と何を話してたんだ?」
「拒絶は、時には、最大の愛情表現でもある・・・という話を。父は本当に、自己犠牲覚悟で身を引いたんだなあ・・・と思いました。」
慎吾は父がまだ、俊介の父を想い続けている事に、複雑な感情を抱く。
「親父は、今の人生を後悔してはいないのかな・・・」
「幸福だと仰ってました。おじ様は、二人が相思相愛だった事、ご存知無いんですよね・・・」
ああ・・・ふと、慎吾は洋子の言葉を思い出す。
「親父にはバラすなよ?お前のお袋さんの最後のプライドなんだから・・・」
え・・・俊介は慎吾を見る。いつの間に、母とそんな話までしたのだろう。
「はい・・・そうですか・・あと、僕は必死で慎吾さんの後を追って直属の部下になるって、宣言しました」
「でもそれじゃ、副総監どまりだぞ?」
すでに警視総監になるつもりの慎吾に呆れつつ、それでも俊介は、慎吾ならばなれるだろうと思ったりもする。
「それとも追い越したりして・・・」
不適な冗談をもらしつつ、俊介は慎吾にもたれかかる。
「いいぞ?追い越しても〜」
慎吾は俊介の肩に腕を回し、笑う。
他愛のない、こんな冗談が今、昇進による配置換えの不安感を減少させてくれる事を願う。
慎吾は昔、昇進するたび、達彦と離れ離れになる事を恐れていた。たぶん、今の俊介と同じだろう。
しかし、それは慎吾の一方的な片思いだったからで、今、俊介と違う署に配置されても、何の不安も感じない。
どこにいても、俊介は自分だけのモノだという自信があり、更に同居している以上、帰ればいつでも会えるのだから・・・・
「俺らは全然問題無い」
自信満々な慎吾を見上げつつ、俊介は笑う。
「おじ様も、安心したって仰ってましたよ。僕に迷いが無い事を確信して」
ああ〜帰り際に進の言っていた”面接”の意味を慎吾は、ようやく知る。
「つまり、面接って、俺の覚悟の程を確認したいってことか〜」
「頑張ってくださいね・・・・」
俊介の笑顔に見送られ、慎吾は浴室に向かう・・・・
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