31

 

 

「ご馳走様」

食後のコーヒーを受け取り、三浦進は俊介を見上げる。

俊介を食事に誘ったのだが、逆にマンションに誘われ俊介の手料理で、もてなされてしまった。

「たまにはいいでしょう?家庭料理も。」

今夜、慎吾は警視庁に呼ばれて、接待で遅くなる。

ゆっくり二人で話したかった進は、かえってマンションの方がいいと判断してやって来たのだ。

息子の部屋・・・だが、俊介との愛の巣でもあるこのマンションに近頃、足が遠のきがちだった。

頭では理解してはいるが、具体的に慎吾と俊介が恋人であると言う事実は、いまだに拒否感がある。

もし、突然たずねてきて、そんなシーンに出くわしたら、ショックこの上ないだろう。

それでなくても、リビングのソファーを見た時、飯田の一件が脳裏に浮かび、嫌悪感を感じているのに・・・

そして、徐々に飯田の姿が自分の息子に変換されていく・・・・

「本当に、これでよかったのか?」

はい?

深刻な進の言葉の真相がつかめず、俊介は首を傾げる。

「どうして、慎吾なんかと・・・」

ああ・・・意味を解して俯く俊介・・・

「どうしてなのか判りませんが、好きなんです。僕が無理矢理、押しかけてしまいました・・・」

八神達彦の話でも、慎吾は最後まで俊介を受け入れる事をためらっていたらしい。

「受け入れてもらえたからよかったけど、拒絶されてたら、目も当てられませんよね・・・」

苦笑する俊介に、返す言葉も無い。

どこか俊一を彷彿させる慎吾、昔の自分に似ている俊介・・・

もし、あの時、俊一が自分を受け入れていたら、どうなっていたのだろう・・・進は考える。

 今の慎吾と俊介のように暮らせたのか・・・・

(いや、考えても仕方ない。俊一は自分を愛してはいなかったのだから。俊一のそれは友情であって、愛情ではないのだから)

そこまで考えてふと、俊介を見る。

愛する人に愛される事が出来た俊介は、運がよかったのか?運、それだけの問題だったのか・・・

「おじ様・・・」

深い物思いに耽っている進を、俊介は心配そうに見つめる。

 「いや、今を後悔しているわけじゃない。むしろ幸福だと思える、でも時々思うんだ。俊一と一緒だったら、どんな人生送っていたのかって」

俊介は静かに視線を落とす。昔、父が愛していたが故に、身を引いた最愛の人が目の前にいる。

父の代わりに、自分はこの人に何をしてあげられるのか・・・・

「拒絶は時には、最大の愛情表現でもあるんですよ・・・・」

進は俊介を見る。何故か、一瞬、俊介が俊一に見えた。

「おじ様は、こうして今じゃ鬼の副総監殿です。父の願いは成就したんですよ」

それで納得できるかどうか・・・俊介には判らない。自分自身、将来の地位と慎吾を秤にかけた時、地位など、とるに足りない物で

あるからだ。

「慎吾さんが、僕を簡単に受け入れなかった事も、愛情だったんだと後で気付きました。結婚って形では、成就しない関係じゃないですか・・・簡単には無理でしょう」

しかし、俊介と慎吾は、その難しい道を選んだ。

「俊ちゃんは、それでいいのか?」

はい。迷いの無い笑顔がそこにある。

「僕は、慎吾さんに必死でついて行くつもりです。最終的には、慎吾さんの直属の部下になる予定です。奥さんにはされなくても

右腕にはなれるから・・・」

そうか・・・進は頷く。俊介は強いのだ。相手に寄りかかって頼っていた昔の進とは違う。俊介なら慎吾を支えてゆける。

「そうか、安心したよ。でも慎吾は叩けば埃の出る奴だから、苦労するよ」

いつも自分が口にするフレーズに、俊介は苦笑する。

「慎吾さんって、完全犯罪目指してますけど、結構あちこちでバレバレな、トロいところあるんですよ〜」

へえ・・・進は、俊介の意外な一面を見る。

慎吾を支えるどころか、手のひらに収めてしまっているではないか・・・・さすが俊一の息子だけあると思う。包容力は父親並みだ。

「確かに、ああ見えても、あいつは甘えん坊だからな・・・昔から図体がでかくて、兄貴タイプな為に肩肘張って生きてきたよな・・・」

そうそう・・・俊介は頷く。同居して知った慎吾の外面と中身のギャップ。

 「案外、可愛いですよね〜慎吾さんって」

俊介にそう言われるとは・・・慎吾が知ったら、どんな顔をするだろうか。

「でも、内緒ですよ・・・」

 

ガチャッ・・・・

玄関のドアが開いて慎吾が入ってきた・・・

「何が内緒なんだ?二人して何コソコソ話してるんだよ・・・」

「お帰りなさい・・・」

瞬時に立ち上がって、俊介は慎吾を出迎える。

「そのうち、お前とも二人で面接するからな・・・」

進も、立ち上がって玄関に向かう。

「何の面接?て・・・もう帰るのかよ?」

「いたら、お邪魔だろ?」

悪意の無い、さらりと言われた父の言葉だが、慎吾には喧嘩を売られているようにしか思えない。

「まあ・・・二人でまったりしろ。」

という言葉を残してドアは閉められた。

「可愛くねえ親父だな・・・」

閉まったドアを見て、慎吾はつぶやく。

お父さんが可愛いってどうなんですか・・・・心の中で俊介は突っ込む。

確かに、慎吾に対する態度と、俊介に対する態度が、まったく違う事は明白ではあるが・・・・

「親父ってさ・・・お前には超甘々じゃないか?」

そう言われれば・・・・そうではあるが・・・

「あれですよ・・・”俊ちゃん” はOKだけど、”慎吾ちゃん” は違和感があるって言う・・・」

「そういう問題か?」

苦笑しつつ、俊介は慎吾の脱いだ上着を受け取り、ハンガーにかける。

「見た目が可愛いと可愛がられて、図体がでかいとNGなのか?」

すねたように慎吾は、ネクタイを緩めてソファーに座る。

「態度や言葉遣いはどうであれ、おじ様は慎吾さんの事、凄く愛してると思うんですけど・・・・」

入れたコーヒーをソファーに座る慎吾に運び、俊介は隣に座った。

 「おじ様も結構、照れ屋だから素直になれないんでしょう」

(にしては、俊介には保母さんモードじゃないか・・)

後にも先にも、あんな父を見たのは俊介の前でだけだが・・・・

 「親父には、お前は特別なんだろうな・・・で、親父と何を話してたんだ?」

「拒絶は、時には、最大の愛情表現でもある・・・という話を。父は本当に、自己犠牲覚悟で身を引いたんだなあ・・・と思いました。」

慎吾は父がまだ、俊介の父を想い続けている事に、複雑な感情を抱く。

「親父は、今の人生を後悔してはいないのかな・・・」

「幸福だと仰ってました。おじ様は、二人が相思相愛だった事、ご存知無いんですよね・・・」

ああ・・・ふと、慎吾は洋子の言葉を思い出す。

「親父にはバラすなよ?お前のお袋さんの最後のプライドなんだから・・・」

え・・・俊介は慎吾を見る。いつの間に、母とそんな話までしたのだろう。

「はい・・・そうですか・・あと、僕は必死で慎吾さんの後を追って直属の部下になるって、宣言しました」

「でもそれじゃ、副総監どまりだぞ?」

すでに警視総監になるつもりの慎吾に呆れつつ、それでも俊介は、慎吾ならばなれるだろうと思ったりもする。

「それとも追い越したりして・・・」

不適な冗談をもらしつつ、俊介は慎吾にもたれかかる。

「いいぞ?追い越しても〜」

慎吾は俊介の肩に腕を回し、笑う。

他愛のない、こんな冗談が今、昇進による配置換えの不安感を減少させてくれる事を願う。

 慎吾は昔、昇進するたび、達彦と離れ離れになる事を恐れていた。たぶん、今の俊介と同じだろう。

しかし、それは慎吾の一方的な片思いだったからで、今、俊介と違う署に配置されても、何の不安も感じない。

どこにいても、俊介は自分だけのモノだという自信があり、更に同居している以上、帰ればいつでも会えるのだから・・・・

 「俺らは全然問題無い」

自信満々な慎吾を見上げつつ、俊介は笑う。

「おじ様も、安心したって仰ってましたよ。僕に迷いが無い事を確信して」

ああ〜帰り際に進の言っていた”面接”の意味を慎吾は、ようやく知る。

「つまり、面接って、俺の覚悟の程を確認したいってことか〜」

「頑張ってくださいね・・・・」

俊介の笑顔に見送られ、慎吾は浴室に向かう・・・・

 

 

TOP        NEXT  

 

 

ヒトコト感想フォーム
ご感想をひとことどうぞ。作者にメールで送られます。
お名前
ヒトコト

 

 

inserted by FC2 system