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次の日、慎吾と俊介が帰ってくると、洋子が夕飯の支度をして待っており、玄関で出迎えられた。

長い間、慎吾も俊介もこんなシチュエーションに出会うことなく暮らしたので、戸惑ってぎこちない。

「俊ちゃんに寂しい思いさせてきたから、こういうときぐらいは母親面したいのよ」

そう言ってテーブルに夕食をセッティングする。

「慎吾さんも、久しぶりですよね・・・」

「中学生の時だっけ?お母さんなくしたのは・・・結婚式の時に逢ったけど、華奢で儚げな美人だったわ」

目尻が下がり気味で、笑うと少し泣き顔になる、慎吾の母・・・面影はあるが、慎吾はがっしりしていて、儚げではない。

「慎吾君は、誰に似てそんなに大柄なのかしら?」

笑いつつ、洋子はダイニングの椅子に座る。

慎吾のシルエットは、どちらかと言うと、俊介の父、俊一を思わせた。

「それを言うなら僕は誰に似て、チビなんでしょうか・・・」

俊介が笑って椅子に着く。

「ホントねえ〜俊ちゃんは生まれた時は結構大きかったのよ?大きく生まれて小さく育っちゃダメでしょ?」

慎吾は苦笑しつつ席に着く。

「俺なんか、未熟児でしたよ?」

3人はしばらく声も無く笑った・・・・・

こうして、思いがけなく、母親のいる風景をしみじみと慎吾と俊介は味わいつつ、夕食の団欒を迎える。

 

「進さんも来ればよかったのに・・・あ、忙しいか・・・」

「ええ、たまにしか家にいませんから」

食後のコーヒーで雑談を交わす3人

「慎吾君も寂しかったね・・・」

「学校から帰ると、ほとんど八神家にいました」

そうか・・・洋子はうなづく

「ごめんね、お父さんを私達が横取りした感は否めないなあ・・・」

「親父には、それだけ大事な人だったんでしょうね」

「俊一さんにとっても・・・進さんは大事な人だったわ」

と隣の俊介を見るとうつらうつらしている。

「もう寝なさい、疲れてるわねえ・・・」

そう言って肩を叩かれて、俊介は自分の部屋に向かう

「おやすみなさい・・・」

そう言い残して・・・・・

「あの子ね、クソ真面目だから、人一倍疲れるのよ」

「飲みますか?少し」

俊介が去ったのを機会に、慎吾はキッチンからブランデーを出してくる。

ふふふふ・・・・

洋子は頬杖をついて笑う

「なんだか、俊一さんといるみたいだわ。慎吾君てほんと似てる・・・」

慎吾がグラスを差し出すと、洋子は受け取って一口飲むと慎吾を見つめた。

「お正月に帰ってきたときにね、あの子、慎吾君の事ばかり話すの・・・だから、慎吾君に会いたくて来ちゃった。」

え・・・・

わざわざそれだけのために・・・・・慎吾は言葉を失くす

 「俊介の好きな人がどんな人なのか、会ってみたかったの。」

「好きって・・・・あの、先輩後輩で・・・俺、懐かれてるだけですよ」

苦しい言い訳をする。

「お正月には三浦先輩って呼んでいたのが、今は慎吾さんに変っていた・・・・」

どきっ・・・・

「慎吾君にとっても、あの子は大事な人なのかしら?」

「俊介は、俺の道標ですよ」

そう・・・・・洋子は頷く

進にとって俊一が道標であったように、慎吾にとって、俊介は道標なのだ・・・

「慎吾君にだけ話すわね、進さんには内緒よ?」

酔いに任せて、決意したように洋子は語り始めた。

「俊一さんは・・・進さんが好きだったの。片思いね」

「親父も、俊介の親父さんの事、大事に思ってましたよ?」

「そういう好きじゃなくて・・・」

慎吾は思考回路が混乱し始めた

「でも・・・ちゃんと結婚してるじゃないですか?俊介の親父さんは?」

「ああ・・同性愛者とかバイとかじゃないのよ。たぶん。進さんが好きだっただけで。でも、友情の域は超えていた・・・だから身を引いたの」

学生時代の自分を慎吾は思い出していた・・・

達彦の幼馴染を装っていたが、密かに恋慕の想いを抱いていた・・・

独占するために、達彦に近づく男、女、総てを遠ざけた・・・・

そしていつか、自分のものにするつもりだった。

「進さんの傍で進さんを守り続けたら、いつかは独占欲が出て、自分の中に閉じ込めてしまう・・・・そう思って、進さんから離れたの」

それはどれほど大きな、強い愛だろうか・・・

「あの頃の進さんは俊一さんにべったりだったから、自分にひきつけておくことは容易いわ。時間をかければ、恋人になる事も出来たかもしれない

それほど進さんは、俊一さん無しで生きられなかった。でも、進さんは男性なのよ。キャリアとして警察官のトップに立つ人なのよ

独り立ちしてほしくて、俊一さんはかねてからの希望だった、田舎の巡査におさまった。これが私と結婚する前に彼がした告白。」

ー進は人形なんかじゃない。人形なんかにはしないー

自ら道標として残るべく、俊一は決別した・・・・・

「だから、慎吾君とあの子が他人じゃなくても、私は反対できないなあ・・・・って・・・」

「でも、社会的にも・・・倫理的にも・・・」

ははははは・・・・洋子は大笑いする

「何?反対してくれって事?」

「いえ・・・俊介が言うんです、俺が結婚したら、身を引くって・・・」

ふうん・・・洋子はひっそり笑う。やはり、俊一の子なのだ・・・・

「俺は、俊介の親父さんや、俊介みたいなタイプじゃないから。女はどうしてもダメで・・・なのにあいつは・・・」

テーブルに置かれた慎吾の手に、洋子はそっと自分の手を乗せる。

「俊介は変ったわ。前みたいに寂しい表情をしなくなった。強くなった・・・・どういう結末を迎えるにしても、見届けたいわ。」

「すみません・・・」

「謝らなくていいでしょう?どうせ、あの子がベタベタ甘えて迷惑かけたんでしょう?俊一さんの事は進さんには内緒よ?

告白は自分でするものだし。それに、私も口惜しいから、教えてあげないのよ」

色々な感情が溢れて、慎吾の瞳から涙が溢れ出す・・・・・

「俊介はやはり、俊一さんの息子ね。これって運命なのかしら」

確かに、俊介との出会いは、最初からなにか因縁めいていた。

「俊介をよろしくお願いします・・・」

彼女は自分に、この事が言いたくて来たのではないかと、慎吾はふと思った。

 「あまり、私が何日もここにいると邪魔でしょう?」

「いいえ・・・お袋が家にいるってこんな感じなのかなあ・・・とか思いました。」

「明日は進さんとデートするから、いない間いちゃついていいよ?ちゃんと帰るコールした後で帰ってくるから安心して」

そういいながら洋子は立ち上がって、部屋にむかう。

お母さん・・・・

苦笑しつつ慎吾は洋子の後姿を見つめる。

俊介と寝室が別なのは不便ではあるが、それよりも洋子の存在が心地よかった。

忘れていた母親の影を見つつ、しみじみとしてしまう・・・・

 

(それより、意外な話を聞いてしまった・・・)

父が俊介の父をどう思っていたのか、にわかに気になるが、そんな事を聞くわけには行かず・・・

(しかし・・・・女は勘が鋭いなあ・・・)

母親だからなのか・・・・

一人の今は亡き男を巡って、その男の妻と、片思いされていた男が時々会っている・・・・

こんな微妙な関係が、慎吾には不思議だった。

 

 

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