28
次の日、慎吾と俊介が帰ってくると、洋子が夕飯の支度をして待っており、玄関で出迎えられた。
長い間、慎吾も俊介もこんなシチュエーションに出会うことなく暮らしたので、戸惑ってぎこちない。
「俊ちゃんに寂しい思いさせてきたから、こういうときぐらいは母親面したいのよ」
そう言ってテーブルに夕食をセッティングする。
「慎吾さんも、久しぶりですよね・・・」
「中学生の時だっけ?お母さんなくしたのは・・・結婚式の時に逢ったけど、華奢で儚げな美人だったわ」
目尻が下がり気味で、笑うと少し泣き顔になる、慎吾の母・・・面影はあるが、慎吾はがっしりしていて、儚げではない。
「慎吾君は、誰に似てそんなに大柄なのかしら?」
笑いつつ、洋子はダイニングの椅子に座る。
慎吾のシルエットは、どちらかと言うと、俊介の父、俊一を思わせた。
「それを言うなら僕は誰に似て、チビなんでしょうか・・・」
俊介が笑って椅子に着く。
「ホントねえ〜俊ちゃんは生まれた時は結構大きかったのよ?大きく生まれて小さく育っちゃダメでしょ?」
慎吾は苦笑しつつ席に着く。
「俺なんか、未熟児でしたよ?」
3人はしばらく声も無く笑った・・・・・
こうして、思いがけなく、母親のいる風景をしみじみと慎吾と俊介は味わいつつ、夕食の団欒を迎える。
「進さんも来ればよかったのに・・・あ、忙しいか・・・」
「ええ、たまにしか家にいませんから」
食後のコーヒーで雑談を交わす3人
「慎吾君も寂しかったね・・・」
「学校から帰ると、ほとんど八神家にいました」
そうか・・・洋子はうなづく
「ごめんね、お父さんを私達が横取りした感は否めないなあ・・・」
「親父には、それだけ大事な人だったんでしょうね」
「俊一さんにとっても・・・進さんは大事な人だったわ」
と隣の俊介を見るとうつらうつらしている。
「もう寝なさい、疲れてるわねえ・・・」
そう言って肩を叩かれて、俊介は自分の部屋に向かう
「おやすみなさい・・・」
そう言い残して・・・・・
「あの子ね、クソ真面目だから、人一倍疲れるのよ」
「飲みますか?少し」
俊介が去ったのを機会に、慎吾はキッチンからブランデーを出してくる。
ふふふふ・・・・
洋子は頬杖をついて笑う
「なんだか、俊一さんといるみたいだわ。慎吾君てほんと似てる・・・」
慎吾がグラスを差し出すと、洋子は受け取って一口飲むと慎吾を見つめた。
「お正月に帰ってきたときにね、あの子、慎吾君の事ばかり話すの・・・だから、慎吾君に会いたくて来ちゃった。」
え・・・・
わざわざそれだけのために・・・・・慎吾は言葉を失くす
「俊介の好きな人がどんな人なのか、会ってみたかったの。」
「好きって・・・・あの、先輩後輩で・・・俺、懐かれてるだけですよ」
苦しい言い訳をする。
「お正月には三浦先輩って呼んでいたのが、今は慎吾さんに変っていた・・・・」
どきっ・・・・
「慎吾君にとっても、あの子は大事な人なのかしら?」
「俊介は、俺の道標ですよ」
そう・・・・・洋子は頷く
進にとって俊一が道標であったように、慎吾にとって、俊介は道標なのだ・・・
「慎吾君にだけ話すわね、進さんには内緒よ?」
酔いに任せて、決意したように洋子は語り始めた。
「俊一さんは・・・進さんが好きだったの。片思いね」
「親父も、俊介の親父さんの事、大事に思ってましたよ?」
「そういう好きじゃなくて・・・」
慎吾は思考回路が混乱し始めた
「でも・・・ちゃんと結婚してるじゃないですか?俊介の親父さんは?」
「ああ・・同性愛者とかバイとかじゃないのよ。たぶん。進さんが好きだっただけで。でも、友情の域は超えていた・・・だから身を引いたの」
学生時代の自分を慎吾は思い出していた・・・
達彦の幼馴染を装っていたが、密かに恋慕の想いを抱いていた・・・
独占するために、達彦に近づく男、女、総てを遠ざけた・・・・
そしていつか、自分のものにするつもりだった。
「進さんの傍で進さんを守り続けたら、いつかは独占欲が出て、自分の中に閉じ込めてしまう・・・・そう思って、進さんから離れたの」
それはどれほど大きな、強い愛だろうか・・・
「あの頃の進さんは俊一さんにべったりだったから、自分にひきつけておくことは容易いわ。時間をかければ、恋人になる事も出来たかもしれない
それほど進さんは、俊一さん無しで生きられなかった。でも、進さんは男性なのよ。キャリアとして警察官のトップに立つ人なのよ
独り立ちしてほしくて、俊一さんはかねてからの希望だった、田舎の巡査におさまった。これが私と結婚する前に彼がした告白。」
ー進は人形なんかじゃない。人形なんかにはしないー
自ら道標として残るべく、俊一は決別した・・・・・
「だから、慎吾君とあの子が他人じゃなくても、私は反対できないなあ・・・・って・・・」
「でも、社会的にも・・・倫理的にも・・・」
ははははは・・・・洋子は大笑いする
「何?反対してくれって事?」
「いえ・・・俊介が言うんです、俺が結婚したら、身を引くって・・・」
ふうん・・・洋子はひっそり笑う。やはり、俊一の子なのだ・・・・
「俺は、俊介の親父さんや、俊介みたいなタイプじゃないから。女はどうしてもダメで・・・なのにあいつは・・・」
テーブルに置かれた慎吾の手に、洋子はそっと自分の手を乗せる。
「俊介は変ったわ。前みたいに寂しい表情をしなくなった。強くなった・・・・どういう結末を迎えるにしても、見届けたいわ。」
「すみません・・・」
「謝らなくていいでしょう?どうせ、あの子がベタベタ甘えて迷惑かけたんでしょう?俊一さんの事は進さんには内緒よ?
告白は自分でするものだし。それに、私も口惜しいから、教えてあげないのよ」
色々な感情が溢れて、慎吾の瞳から涙が溢れ出す・・・・・
「俊介はやはり、俊一さんの息子ね。これって運命なのかしら」
確かに、俊介との出会いは、最初からなにか因縁めいていた。
「俊介をよろしくお願いします・・・」
彼女は自分に、この事が言いたくて来たのではないかと、慎吾はふと思った。
「あまり、私が何日もここにいると邪魔でしょう?」
「いいえ・・・お袋が家にいるってこんな感じなのかなあ・・・とか思いました。」
「明日は進さんとデートするから、いない間いちゃついていいよ?ちゃんと帰るコールした後で帰ってくるから安心して」
そういいながら洋子は立ち上がって、部屋にむかう。
お母さん・・・・
苦笑しつつ慎吾は洋子の後姿を見つめる。
俊介と寝室が別なのは不便ではあるが、それよりも洋子の存在が心地よかった。
忘れていた母親の影を見つつ、しみじみとしてしまう・・・・
(それより、意外な話を聞いてしまった・・・)
父が俊介の父をどう思っていたのか、にわかに気になるが、そんな事を聞くわけには行かず・・・
(しかし・・・・女は勘が鋭いなあ・・・)
母親だからなのか・・・・
一人の今は亡き男を巡って、その男の妻と、片思いされていた男が時々会っている・・・・
こんな微妙な関係が、慎吾には不思議だった。
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