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飯田の件が収まり、落ち着いた頃、慎吾は父の尋問を受けるハメになる。
仕事の帰りに、慎吾のマンションを訪ねた三浦進副総監は、俊介の作った夕食を食べた後、三者対談を始めた。
「一旦、慎吾の言い分を聞こうか・・・」
「おじ様、僕が間借りをお願いして、転がり込んだんです」
笑顔で俊介がそう言う。
「ただの同居じゃないだろう?お前たちは。返答によっては、お前も飯田の二の舞だぞ?」
「飯田と、慎吾さんを一緒にしないでください。」
「慎吾さん?」
三浦進副総監は半泣きになる。
「俊ちゃん、自分の息子をこんな風にいうのは何だが、こいつはナンパして男引っ掛けて、一晩で捨てる奴なんだぞ」
「親父・・・正確には、ナンパはしてない。向こうが誘ったからそうなっただけで・・・それに捨てるとかそんなんじゃないし、
お互い割りきってだな」
はあ・・・・ため息の三浦進副総監。
「ごらん、こういう奴なんだ。」
三浦進副総監の心配が何なのかは、よくわかっている。
「大体は聞いて知っています。八神警視に片思いして振られたことも・・・」
「それでもいいのかい?つーか、手篭めにされたとか、そんなんじゃないだろうね・・・」
あんまりな言い方をされている慎吾に同情する。
「おじ様は慎吾さんを、何だと思っているんですか・・」
俊介は呆れて苦笑する。
「すみません。僕が慎吾さんに一目ぼれして、酔っぱらってキスして困らせたり、告白して悩ませたりしました」
俊ちゃん・・・・三浦進副総監は言葉も出ない。
「はじめ、慎吾さんはそんな僕を、受け入れてくれませんでした。今は、僕の事を大事に思ってくれていたんだと
判りました。とにかく、ようやく想いが叶って恋人になれたので、黙認していただけませんか」
「それは、本気だという事なのか?」
父の言葉に、慎吾は頷く
「俊介の親父さんが、親父の道標だったように、俊介は俺の道標なんだ。俊介に逢ってからは、過去の所業も
後悔してる。今は、こいつだけを守りたい」
しかし・・・・三浦進副総監は悩む
「洋子さんに、なんて言えば・・・俊一に、なんと詫びればいいんだ?」
「何度も言うようですが、僕は別に被害にあったわけじゃないんです。飯田の言うように、人として間違っているかも
知れないけれど、僕は自分で、三浦慎吾と言う人を選んで、求めたのだから、後悔は無いし、いつかは母にも、
父にも判ってもらえると信じています」
確かに、今回の飯田の件は、慎吾が傍にいたお陰で未然に防げた。
今後も、慎吾といれば、俊介は守られるはずだ・・・・
が・・・
「俊ちゃん、何でこんな奴がいいんだ?」
えっ・・・
顔を赤らめて俯く俊介に、三浦進副総監は敗北するしかなかった。
「もういい。判った。けど、慎吾、俊ちゃん泣かしたら、お前でも左遷するぞ」
「こいつには、これからは絶対傷一つ負わせない。飯田との事で決意したんだ。」
(道標・・・これも運命なのか・・・俊一は俺の息子に道標を残して逝った・・・}
確かに、慎吾は変った。今までの、彷徨っているような迷いが無くなった。
「判った。今日はこのまま引き下がろう。俊ちゃん、慎吾がいじめたら遠慮せずに、おじさんに言うんだよ?」
「何?!それ?」
慎吾は眉間に皺を寄せる
「嫌な事、強要されたりとか・・・」
「おい!もう帰れ」
少しムカついた慎吾に追い立てられる父、三浦進・・・・・
「俊ちゃん〜おやすみい・・・」
最後の一言を残して、三浦進副総監は帰っていった。
帰り道、車を運転しながら三浦進副総監は過去の記憶をたどる。
ー進、もう俺がいなくても大丈夫だろう?お前は将来、官僚になる男なんだ。いつまでも俺に頼ってちゃいけない。
八神もいるしー
そう言って、稲葉俊一は三浦進のもとを去った・・・
ー俺はトップにいるより、田舎で巡査してる方が性にあってる。これは俺の夢なんだー
捨てられた・・・そう思って恨んだこともある。
しかし、俊一のお陰で今の自分があるのだと信じている。
そして、彼の忘れ形見は今、息子の道標として傍にいる。
(それでいいのか・・・・俊一・・・)
俊介も、以前のように寂しそうな笑顔を見せることはなくなった。
一人じゃないー その事実が、どれほど力になっている事か・・・
俊一と一緒にいる時の自分がそうだったように、自信に満ちている俊介を目の当たりにしては、反対する術が無い。
とりあえず、今は二人を見守ろうと思った。
「にしても、おじ様って慎吾さんの事、誤解してますよね」
就寝準備を終えて、ベッドに入るなり、俊介はそう言う。
「いや。正確に理解してるんだ。以前の俺はそうだったんだから・・・」
慎吾は俊介を抱き寄せる
「お前が、俺を変えてくれたんだ」
しかし、本当に許される事なのかどうかは判らない。
「あと、飯田の言った事は気にするな。あいつ自身、焦っているんだ。真実をつかめないことに。以前の俺が
そうだったから、よくわかるんだ」
はい・・・・・
俊介もそれには気付いていた。
だから強い憎しみの思いは湧かない。
「しかし・・・これはひどいな・・・」
まだあとの残っている、俊介の唇の傷痕を慎吾は指でなぞる。
「これくらい、大丈夫ですよ〜」
「口の中も切れてるだろ・・・」
「はい・・・」
熱いお茶など飲むと、しみたりする・・・
「生きてたら、こんな傷ぐらい、日常茶飯事ですよ」
腕力の強さだけが人の強さではないのだろう・・・そんな事をぼんやり慎吾は考えていた。
「俊介は、まともに殴り合いの喧嘩とか、したことないんだろう?」
「暴力反対ですから・・・それに、喧嘩するな、皆と仲良くしろって学校で習ったでしょ?」
小学生か・・・・お前は・・・慎吾はだんだん不安になる。
こんな善人が警察官やっていて、危なくないんだろうか・・・・相手は無法者だらけだというのに・・・
「なんにしても、俺は怒った」
「怒っても、もう飯田はいないし・・・」
「いない・・・それですむか!お陰で今日もキスできないじゃないか」
ああ・・・・
俊介は呆れた。
「そういう問題なんですか・・・」
「そういう問題だ」
どこか幼稚な慎吾の一面を見て、俊介は微笑む。
「昔、口内炎になってるのに、無理矢理キスする奴がいてさ、しかも、口内炎に舌があたって痛いのなんの・・・
思わず手が出た・・・」
はあ?俊介は目が点になる
「だから、俺は気をつけることにしたんだ。口内炎と口の中切れてるときは自粛しようと・・・」
「叩けば埃の出る人生送ってますね・・・」
「俊ちゃん〜」
慎吾は半泣きになる。
「まあ、いいんですけど・・・」
隠されるよりは、暴露してもらったほうが、ましかもしれない・・そう思うことにした。
人が良過ぎるのは自覚済みである。
「ところで、キスできないのは、それとして・・・他の事は出来るので、機嫌をなおしてください」
「そうだな・・・」
俊介の提案に大きく頷く慎吾・・・
「よかった・・・肝心なところが無事で」
はああぁ?
大笑いする慎吾の隣で、言葉を無くした俊介が石のように固まっていた。
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