20
東京都庁に引継ぎの挨拶に行き、慎吾は現町田署長の馬場と所長室に帰ってきた。
「お疲れ様でした警視。退職が早まって、申し訳ありません。」
妻が胃癌の手術をする事になり、手術の日にあわせて退職早めた。
「いいえ、奥様につきっ切りで看病されたいお気持ちは、充分理解いたします」
「今まで家庭をほったらかして、仕事に打ち込んでまいりましたが、これからは妻孝行してやりたいと思いまして」
真面目な、人のいい初老の署長である。
「警視が優秀なので、安心してお任せできます。」
「いいえ、まだいたりませんが、努力して行こうと思っております。ところで、今年入った新人ですが・・」
署長室のデスクのコンピューターの電源を付け、慎吾はわざと何気なく訊いて見る
「ああ、飯田秀彰ですか?データ、ありますよ」
署長は、すぐ、署内の職員データーを呼び出して見せる。
「飯田が何か?」
「いいえ、入りたてと、慣れて来た頃は事故を起こし安いので・・・」
「そこまでお気遣いくださるとは。ありがとうございます。でも、あいつは世間慣れしていて、問題はなさそうですが・・・」
(そういうのが曲者なんだ・・・)
計算高い奴と言う事になる、慎吾は自分もそうなのでよくわかる。
データーが現れた。
「N大卒ですか?出身は東京都、父親は公務員で・・・・」
身分証明書の写真をチラとみる。
「男前でしょ?ジャーニーズ系ですよ。」
おおよそは見当がつく。周りが、ちやほやしているのをいいことに、悠々と世間を渡り歩いているに違いない。
「署長も、そんなミーハーな事を軽々しく言うものではありませんよ。ここは警察です。タレント事務所ではありませんから」
こんな遊び人のような男が、俊介の傍にいる事自体、許せなかった。
「さすが、オニの副総監殿のご子息、厳格ですな・・・」
違う・・・ただの八つ当たりだったりする・・・・
「とにかく、来月から署長ですから・・・お願いしますよ。」
と、書類の山を渡された。
(データー処理で遅くなったな・・・)
俊介には遅れるが、待つようにと携帯にメールをしておいた。
俊介は、自分の残業をしながら待っているはずだった。
部屋を出て、廊下を歩きながら、俊介の携帯にかける。
着信音を5回鳴らせば、駐車場に来るはずになっていた。
駐車場に出ると、俊介の姿が見える。声をかけようとして、誰かが横にいるのが見えた。
「三浦警視」
俊介の方が慎吾を見つけてやって来た。
そのとき、強い視線を感じた。
飯田秀彰・・・署長室で見た写真の男が少し離れて、慎吾を見つめていた。
まるで知り合いにばったり会ったように・・・
(どこかで逢ったのか?)
まったく思い出せない。
つかつかと飯田は慎吾に歩み寄る。
「お久しぶりです」
はあ・・・・慎吾はまだ思い出せない。
「三浦警視・・・でしたか。こんなところでお会いできるとは思いませんでした」
「どこで会ったか思い出せないんだが・・・」
「俺がまだ大学生の頃に一度だけ・・・・」
危険なニュアンスを感じて、それ以上問いただす気になれなかった。
「ああ・・・また今度ゆっくり・・・」
早々に車に乗り退散した。
「慎吾さん、飯田とお知り合いでしたか」
走り出した車の中で、助手席の慎吾は訊く。
「いや・・・」
思い出せない。しかし、一度だけ・・・というキーワードは気になる。
多分・・・・今までナンパした男の一人・・・
(にしても・・・アレは俺の趣味じゃない・・・)
決して自分からは声をかけなかった。
黙って飲んでいると、幾人もの男が声をかけて来る。その中で好みの男が来るまで断り続けるのだ。
その店は暗黙の了解で、ナンパ場となってはいるが、自分から声をかけなければ、知らずに飲んでいたといいわけが出来る。
そして、知り合いの振りをして店を出れば ほぼ、失敗は無かった。
時間を変え、店を変え、渡り歩いて、二度と顔を合わせなければいい。はずだった・・・
名前はもちろん教えない。相手の名も訊く事はない。お互い割り切っていた。
時々、こっそり携帯を操作されて、番号を知られて、また会いたいと付きまとわれる事もあるが、受信拒否して、完全に切ってきた。
抜かりは無かった・・・
(いよいよ身を滅ぼすかな・・・)
知った振りをしていると言う事は、脅迫するつもりかも知れない。
しかし・・・
(待てよ?あいつ、俊介に付きまとってるんじゃなかったのか?)
一体何がしたいのかさっぱり判らない。
「慎吾さん?」
忙しく思考をめぐらしている慎吾を、心配そうに俊介が見つめている。
「あいつ、俺について何か聞いてきたか?」
「いいえ、ただ、僕の同居人がどんな人か知りたいと・・・」
(あいつ、俺に用があるのか、俊介にに関心があるのかどっちなんだ・・・)
「なあ俊介、俺、思い出せないんだが・・・」
「あんな美人を忘れるなんて・・・」
「全然趣味じゃないから・・・」
自分と同じ策略家の匂いがする。だからこそ好きになれないのだ。
自分が曲者だから、その手管の醜さは重々承知だ。総て見えてしまう相手と、かかわるなど御免こうむりたい。
(そう、あんなのとかかわるはずなど無いはず・・・なのに何故、あいつは俺を知っている?)
慎吾の様子を見ていて、俊介は、本当に飯田を知らないのだと確信した。
しかし・・・では何故・・・
会った時に、飯田に感じた不安感が再び襲ってきた。
(きっと飯田は、これから僕と慎吾さんの間に割り込んでくる。)
「お前まで、深刻にならなくていいんだぞ・・・」
「でも・・」
昨日の俊介の不安が理解できた。
飯田秀彰・・・
意味も無く人を不安にさせる存在だ・・・・
ヒトコト感想フォーム |
ご感想をひとことどうぞ。作者にメールで送られます。 |