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東京都庁に引継ぎの挨拶に行き、慎吾は現町田署長の馬場と所長室に帰ってきた。

「お疲れ様でした警視。退職が早まって、申し訳ありません。」

妻が胃癌の手術をする事になり、手術の日にあわせて退職早めた。

「いいえ、奥様につきっ切りで看病されたいお気持ちは、充分理解いたします」

「今まで家庭をほったらかして、仕事に打ち込んでまいりましたが、これからは妻孝行してやりたいと思いまして」

真面目な、人のいい初老の署長である。

「警視が優秀なので、安心してお任せできます。」

「いいえ、まだいたりませんが、努力して行こうと思っております。ところで、今年入った新人ですが・・」

署長室のデスクのコンピューターの電源を付け、慎吾はわざと何気なく訊いて見る

「ああ、飯田秀彰ですか?データ、ありますよ」

署長は、すぐ、署内の職員データーを呼び出して見せる。

「飯田が何か?」

「いいえ、入りたてと、慣れて来た頃は事故を起こし安いので・・・」

「そこまでお気遣いくださるとは。ありがとうございます。でも、あいつは世間慣れしていて、問題はなさそうですが・・・」

(そういうのが曲者なんだ・・・)

計算高い奴と言う事になる、慎吾は自分もそうなのでよくわかる。

データーが現れた。

「N大卒ですか?出身は東京都、父親は公務員で・・・・」

身分証明書の写真をチラとみる。

「男前でしょ?ジャーニーズ系ですよ。」

おおよそは見当がつく。周りが、ちやほやしているのをいいことに、悠々と世間を渡り歩いているに違いない。

「署長も、そんなミーハーな事を軽々しく言うものではありませんよ。ここは警察です。タレント事務所ではありませんから」

こんな遊び人のような男が、俊介の傍にいる事自体、許せなかった。

「さすが、オニの副総監殿のご子息、厳格ですな・・・」

違う・・・ただの八つ当たりだったりする・・・・

「とにかく、来月から署長ですから・・・お願いしますよ。」

と、書類の山を渡された。

 

 

(データー処理で遅くなったな・・・)

俊介には遅れるが、待つようにと携帯にメールをしておいた。

俊介は、自分の残業をしながら待っているはずだった。

部屋を出て、廊下を歩きながら、俊介の携帯にかける。

着信音を5回鳴らせば、駐車場に来るはずになっていた。

駐車場に出ると、俊介の姿が見える。声をかけようとして、誰かが横にいるのが見えた。

「三浦警視」

俊介の方が慎吾を見つけてやって来た。

そのとき、強い視線を感じた。

飯田秀彰・・・署長室で見た写真の男が少し離れて、慎吾を見つめていた。

まるで知り合いにばったり会ったように・・・

(どこかで逢ったのか?)

まったく思い出せない。

つかつかと飯田は慎吾に歩み寄る。

「お久しぶりです」

はあ・・・・慎吾はまだ思い出せない。

「三浦警視・・・でしたか。こんなところでお会いできるとは思いませんでした」

「どこで会ったか思い出せないんだが・・・」

「俺がまだ大学生の頃に一度だけ・・・・」

危険なニュアンスを感じて、それ以上問いただす気になれなかった。

「ああ・・・また今度ゆっくり・・・」

早々に車に乗り退散した。

「慎吾さん、飯田とお知り合いでしたか」

走り出した車の中で、助手席の慎吾は訊く。

「いや・・・」

思い出せない。しかし、一度だけ・・・というキーワードは気になる。

多分・・・・今までナンパした男の一人・・・

(にしても・・・アレは俺の趣味じゃない・・・)

決して自分からは声をかけなかった。

黙って飲んでいると、幾人もの男が声をかけて来る。その中で好みの男が来るまで断り続けるのだ。

 その店は暗黙の了解で、ナンパ場となってはいるが、自分から声をかけなければ、知らずに飲んでいたといいわけが出来る。

そして、知り合いの振りをして店を出れば ほぼ、失敗は無かった。

時間を変え、店を変え、渡り歩いて、二度と顔を合わせなければいい。はずだった・・・

名前はもちろん教えない。相手の名も訊く事はない。お互い割り切っていた。

時々、こっそり携帯を操作されて、番号を知られて、また会いたいと付きまとわれる事もあるが、受信拒否して、完全に切ってきた。

抜かりは無かった・・・

(いよいよ身を滅ぼすかな・・・)

知った振りをしていると言う事は、脅迫するつもりかも知れない。

しかし・・・

(待てよ?あいつ、俊介に付きまとってるんじゃなかったのか?)

一体何がしたいのかさっぱり判らない。

「慎吾さん?」

忙しく思考をめぐらしている慎吾を、心配そうに俊介が見つめている。

「あいつ、俺について何か聞いてきたか?」

「いいえ、ただ、僕の同居人がどんな人か知りたいと・・・」

(あいつ、俺に用があるのか、俊介にに関心があるのかどっちなんだ・・・)

「なあ俊介、俺、思い出せないんだが・・・」

「あんな美人を忘れるなんて・・・」

「全然趣味じゃないから・・・」

自分と同じ策略家の匂いがする。だからこそ好きになれないのだ。

自分が曲者だから、その手管の醜さは重々承知だ。総て見えてしまう相手と、かかわるなど御免こうむりたい。

(そう、あんなのとかかわるはずなど無いはず・・・なのに何故、あいつは俺を知っている?)

慎吾の様子を見ていて、俊介は、本当に飯田を知らないのだと確信した。

しかし・・・では何故・・・

会った時に、飯田に感じた不安感が再び襲ってきた。

(きっと飯田は、これから僕と慎吾さんの間に割り込んでくる。)

「お前まで、深刻にならなくていいんだぞ・・・」

「でも・・」

昨日の俊介の不安が理解できた。

飯田秀彰・・・

意味も無く人を不安にさせる存在だ・・・・ 

 

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