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仕事を終えて、達彦と会う約束をした慎吾は八神家に向かう。
「相談に乗ってもらいたい・・・」
慎吾らしからぬ言葉を、電話で達彦に漏らした。
相談に乗ってやっても、相談するような事は、今までなかった。
会う場所も、かなり気を使い、達彦の実家、八神家で会う事にした。
「あら、慎吾君、いらっしゃい。達彦さんがリビングでお待ちよ」
達也の妻、真希が出迎え、リビングに案内する。
リビングのソファーに、達彦と向かい合って座ると。家政婦がコーヒーを置いて去ってゆく。
「ごゆっくり」
上品で美しい真希は、気を利かせて自室に入る。
「すまない、お前に合わせる顔なんかないのに・・・」
慎吾は今まで見たこともない表情を見せた。どこか仮面を脱いで、素顔になったような・・・人間的で暖かい表情だった。
「それで、ここを指定したんですか?」
達彦は笑う。
慎吾の部屋や、外で会うことは、達彦が警戒すると思ったのだ。
八神家なら、達也の妻、真希と家政婦がいる。そしてわざと、オープンスペースのリビングを借りた。
「もう、怒ってませんよ。それに、慎吾君には、最愛の人が現れたんでしょう?」
え?
「稲葉君。あの可愛い後輩さん」
「情けない話なんだが・・・振り回されてる・・・」
まさか・・・達彦はフリーズする
「我知らず、あれこれ、カミングアウトしてしまうし・・・」
「どんな?」
首を傾げつつ、コーヒーカップを持ち上げる達彦。
「お前にふられた事とか・・・・」
今までの慎吾なら、想像もつかない。そんな自分に都合の悪い事を、自分から話すとは・・・
「ぼーっとしてる割には、彼、敏腕ですね。誘導尋問の達人ですか・・・」
いや・・・ちがう・・・慎吾は苦笑する。
「あいつには、嘘や隠し事ができないんだ。不思議な奴だ。一緒にいると、マイナスの感情が浄化されるんだ」
「真っ白ですからね〜彼は・・・」
自分に無い純粋さを、達彦も感じていた。
「お前に似ていると、最初は思った。傍にいると、自己嫌悪や罪悪感が癒された・・・ただ、お前との関係と違うのは、距離を置けないんだ。」
ふうん・・・・・
何でも完璧にこなしてきた慎吾が、人生で最初にぶち当たった壁だろう・・・・
「ずんずん踏み込んでくる。出会って3日で告られて、半月でキスされたってお前、信じるか?」
はあ・・・・あっけにとられる達彦。
「見かけによらず、彼は強引なんですね。」
「キスは・・・酔っ払って・・・だけどな」
そこまで話して、慎吾はコーヒーを飲む。
「私と優君の時も、そうでしたが、他の人なら、そんなの許してませんよね。取り押さえてたんじゃないですか?」
他の奴なら・・・慎吾は考える。
確かに取り押さえる事は、あの時できた。訓練を日々受けてきた警察官なのだから・・・・
「もう、その時点で、慎吾君は彼の手に堕ちてますね〜相思相愛なら、カップルになったらどうですか?」
そんなに簡単なものなのか・・・・複雑な慎吾の表情に、達彦は大笑いする。
「何も引っかからないじゃないですか?私のところに比べりゃあ・・・」
まあな・・・・・というか、ヤクザの跡取り息子とカップルになった達彦が、慎吾にはイタイ。
「でも、いたいけな部下を毒牙にかけるのはどうかと・・」
「どこがいたいけなんですか?会って3日で告白して、半月でキスしてくるような部下の?」
あまりに歯に衣を着せない達彦の言葉に、慎吾は泣きそうになる。
「だから、酔っ払ってそうなったんだって・・・それだって初めてだったとかで、ひどく落ち込んでたんだぞ、あいつ。」
こんなにも、うろたえる慎吾が、達彦は不思議でならない。いつも自信満々で、スマートに何でもこなしていた慎吾はどこに・・・
「私事で恐縮ですが、私と優君も学園祭の時がお互い初めてのキスでしたし、男関係、女関係まったく無い身で、他人じゃなくなりましたが・・・」
そういわれると、返す言葉も無い。
「でも、あいつノンケだし・・・」
「私も優君も、同性愛者とかじゃなかったですよ?いや、今でも、違いますね。他の男の人なんて、絶対無理ですから」
何気にのろけてないか・・・・慎吾は半分呆れている。
「でも、本当に大事なんですね。彼の事。傷つけるのが怖いから、簡単にそんな関係になれないんでしょう?」
達彦・・・いつの間に。
やけに達観している達彦に驚く。
「私達も、腕枕期間、長かったですよ〜まあ、スキンシップから始めたらどうですか?」
「それ・・・無理。俺、鬼頭優希とは違うから・・・」
「そのうち、後輩君に襲われたりして・・・」
無くはない・・・・否定はできない。
「いっそ、襲われなさい」
笑顔で、事もなげに言う達彦が恐ろしい。
昔から、繊細なのか、大胆なのか判らないところがあったが・・・・・
「自然に任せたら?大丈夫ですよ。彼は案外見かけによらず、強いですよ」
一度見ただけの俊介の事を、達彦は正確に判断していた。
「しかし、お前に、こんな相談するようになるとはなあ・・・俺も堕ちたな」
はははは・・・達彦はしかし、そんな慎吾が愛しくてたまらない。
「今の慎吾君の方が、私は好きですよ。私には見せなかった本音を、晒す事のできる人に出会えたということが、本当に嬉しいです。」
そう言うものなのか・・・・・
慎吾もつられて笑う。
「慎吾君に、そんなに大切に思われているなんて、羨ましいですね・・・」
「そうだな、今は、お前よりもっと大事かもな」
負け惜しみなのか、本音なのか、自分でもわからない。ただ、本当に誰よりも大切なのだ。
「私も嬉しいです」
肩肘はって、弱みを見せた事のない幼馴染が、本音を晒せる場所を見つけたのだから。
「幸せになってください」
心からそう願った。
「ああ、なんとなく整理できた気がする。と言うか、お前達の事思ったら、俺らは何でも無いんだよな・・・」
障害は少ないだろう。
「そうですよ〜オーバーだなあ・・・慎吾君は。」
「慎吾君、達彦さん、お夕食は召し上がりますか?準備しましょうか?」
話の切れ間に、真希が現れた
「あ、俺は帰りますよ、約束があるから」
「後輩君が待ってるんですか?あ、私も、家で食べますから、お構いなく」
そう言って二人とも立ち上がる。
「お忙しいのね、二人とも。」
さわやかな笑顔で、二人を玄関で見送りつつ、真希は手土産に洋菓子や、高級ハム、チーズなどを包んで渡す。
「頂き物ですみませんが。一人暮らしも大変でしょうから、足しにしてください。慎吾君には、ブランデーも入れておきましたから」
「いつもありがとうございます。達也さんによろしくお伝えください」
そして二人、八神家を後にする。
「八神家に行ったなんて知れると、また稲葉が嫉妬するだろうな・・・」
車のドアを開けながら、慎吾はつぶやく
「とか何とか言いながら、嬉しいんでしょ?妬いてもらえるのが」
大笑いしつつ、達彦は車に乗り込んで帰っていった。
本当に、達彦への想いは跡形も無く消えていた。ただの幼馴染み・・・それだけの感情しかない。
達彦といても、俊介に合いたくてたまらなくなる自分に、苦笑しつつ、慎吾はハンドルを握る。
ここに来る前に比べれば、心はずいぶん軽くなっていた。
(達彦、ありがとう・・・・)
同時に、長年の想いと永久に決別した。
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