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3月に入るとだんだん慎吾は引継ぎに借り出され、俊介と一緒にいる時間を失くした。

しかし、俊介とは相変わらず、出退勤を共にし、夕食を共にして今までと変らない距離を保っていた。

(案ずるよりうむがやすしか?)

そう、何も変らない。外的な事情で変るものではないのだ。

しかし、日に日に不安になるのは何故だろう・・・

そんな4月初旬、都庁の研修に俊介と共に参加した。

2泊3日・・・この間は一緒にいる事が出来る。それだけでも嬉しい。

「達彦・・」

研修の昼食時間、食堂に向かう廊下で、慎吾は達彦の姿を見つけた。

「慎吾君、お久しぶり。慎吾君も来てたんですか?」

「髪、切ったんだな」

「ええ、囮捜査とかもう辞めました。かなり危ない目にあっちゃって・・・コリゴリですよ〜」

相変わらずへらへら笑う達彦の、いつもと違う雰囲気を感じ取り、慎吾は戸惑う。

「三浦先輩、どなたですか?」

慎吾の隣にいた俊介は、二人の会話に、ただの知り合いではない何かを感じて不安になる。

「ああ、あの有名な八神一族の末っ子。俺の幼馴染み。」

と言う事は・・・この人が先輩の・・・そこまで考えて俊介ははっとする

「あ、申し訳ございません!稲葉俊介と申します。まだ警察官1年目でいたりませんが、よろしくお願いいたします」

「俺の今の相棒。これでもキャリアだぜ。階級は警部補・・・」

そんな風に紹介されて俊介は少し照れて俯く。

「八神達彦です、よろしく。」

柔らかな物腰、スマートな口調、涼しげな笑顔の奥の鋭さ・・・慎吾の愛したすべてがここに存在するのだろう。

この人にはとても叶わない・・・俊介はそう思えて心を痛めた。

 

食堂で、日替わり定食をとり、席に着くと、俊介はお茶を取りに席を立った。

(何を話しているのだろう・・・)

遠くから垣間見る。気になって仕方が無い。

(僕はあの人の代わりになんかなれない・・・)

心がきしむ。

先輩を拒んで、苦しめて、あの人は、ああして笑っている・・・いやだなあ・・・

しかし、一番嫌なのは自分。

達彦をそんな風に嫌う自分・・・

コップにお茶を注いで、俊介は再び、慎吾達のテーブルに現れる。

「熱いですから、気をつけてください」

と、達彦、慎吾の順に茶を渡す。

「ありがとう」

達彦の笑顔に、俊介は恥かしげに俯く。自己嫌悪が湧いて出てくる。

「なんか、色々・・・よかったですね」

そういいつつ箸を取る達彦。

「お前も・・・おめでとう」

そんな風に笑いあう二人が眩しくて、目を逸らした。

 

 

「研修から帰ってきて、お前ヘンだぞ?」

食後の晩酌をしつつ、慎吾がそう言う。

「そうですか・・・」

達彦の事が頭から離れない。

「気にしてるのか?達彦の事?」

「すみません、僕が気にする資格なんて無いんですよね・・・」

とグラスを煽る

「またお前・・・酔うぞ・・ゆっくり飲め」

こんなに判りやすい男も珍しいくらい、俊介は感情に素直だ。

「今回、あらためて感じた。達彦の事は俺、全然引きずってないなあ・・・って」

「何で、こんなに不安になるんでしょう・・・八神警視に嫉妬するなんて僕は醜い人間ですよね」

「別に・・・嫉妬くらい、一々覚えてられないくらいしたぞ?俺は・・・」

でも・・・・

どうして、こんなにスレることなく生きて行けるのか・・・慎吾は不思議だった。

「まあ、お前が不安になっていると言う事はわかった。でも、俺の過去を一々ほじくり出して、拗ねられたんじゃ、

俺、やっていけないから・・・」

「すみません」

いいけど・・・・というか、一々揺れ動く俊介が可愛いとも思えるが・・・

長い沈黙の後、俊介は顔を上げた。

「先輩やはり、以前のミステイクを、リテイクしてください」

ソファーに並んで座っている俊介の顔が近づいた。

「何のこと?」

「記憶の無いファースト・キスをリテイクしてください」

「アレはチャラにしようって言ったよな。記憶無いんだから」

「だから、記憶に残させてください」

飲みかけていたブランディーのグラスを目の前のテーブルに置いて、慎吾はため息をつく。

「好きな人が出来るまで、とっとけ」

「好きな人は出来ました。」

「好きの種類が違うだろ?」

「違いません」

酔いがすっと醒めてゆく・・・・

俊介はあれから、強い独占欲も、愛情表現も陰を潜めていた・・・

だから慎吾は俊介のそれは、慎吾の父、俊一を重ねての事と思っていた。

「不安なら・・・抱いていてやるよ」

俊介を抱擁しつつ慎吾は自分が、俊介の父の代わりには、なれないだろうと思った。

(俺はそんなにいい奴じゃないから・・・)

「お前がそんなに気にやむほど、俺はたいした奴じゃないから」

「好きに理由なんてありません」

慎吾の胸で泣いている俊介が愛しくてたまらなかった。

「不安になる事なんか無いんだ。やはり、お前は俺には特別なんだから・・・」

ぎゅっ・・・子供のように、俊介が慎吾の背中に手を回して抱きしめてきた。

「怖いんだ、お前が後悔するのが・・・」

「後悔なんてしません。先輩が本気じゃなくても、誰かの身代わりでも、僕は・・・」

どうして、いつから自分は臆病になったのか・・・

いや・・・多分、もとから・・・・

今まで本気で誰かを愛した事が無かったのだ。

達彦の事も・・・・

「俺こそ・・・不安だ・・・助けてくれ。身体と心がバラバラに壊れそうなんだ・・・」

先輩・・・

こんなに脆い慎吾をはじめて見た。

仮面がはがれた・・・鎧を取り去った、生身の三浦慎吾がここにいる。

「僕なら、貴方をすべて、受け止められる・・・だから、拒まないでください・・・」

月のない夜、人は道に迷い、闇夜の鏡に自分の正体を見る・・・・

ー俊一は俺の道標だった・・・−

父、進の声が聞こえる。

強く抱きしめられた腕に、魂と身体は引き止められている。

稲葉俊介・・・・

彼が慎吾の道標なのだ。

やっと、気付いた・・・・・・

 

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