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 その日は、部屋の前で別れてしまって、慎吾は詳しい話が聞けないまま一夜が明けた。

「おはようございます」

出勤の準備をして、慎吾がドアを開けると、ドアの前で俊介が待っていた。

 「ああ、急に寒くなったな・・・」

こんな一言さえ、今まで誰にも言った事など無いのだ・・・

「あの・・・もしかして・・・昨日気分を害されましたか?」

エレベーターに乗り込むと俊介はそう切り出す。

「何で?」

「なんだか・・・・おじ様の、僕への対応と先輩への対応が違う事にイラついておられたようなので・・・」

ああ・・・・

頷きながらエレベーターを降りて、慎吾は駐車場に向かう。

「全然知らなかったから。親父がお前とずっと会ってた事。何コソコソしてるのかな・・・とか」

「でも、疑わないでください。母とおじ様は別に何の関係もありませんから。」

ふっ・・・慎吾は俊介を振り返って笑う。

「そんな事、考えてないよ。親父は女っけないから。堅物っていうか・・・愛想がすこぶる良くないから、女は近付けないよ」

でも・・・・

俊介には、三浦進副総監が優男に見える。男らしい慎吾とは正反対の、シャープな、どこか儚げな伊達男だと・・・

「ああ・・・外見は結構イケてるかもしれないけど、言葉少ないし、無愛想だから。もてないよ。アノ人は」

駐車場の慎吾の車に二人乗り込み、町田署に向かう・・・

「そんな親父が、俊ちゃんとか言ってるから、おかしくてさ・・・」

「僕には、いつも笑顔だったんです。おじ様は・・・でも、時々寂しそうに笑うときがありました。

それに・・・父の葬儀に間に合わなくて、後で駆けつけてきて、墓前で号泣されてた事だけは覚えています」

ふうん・・・

慎吾は頷く。

「何にせよ、稲葉を親父に取られたような気がして、妬いたんだ」

「まさか・・・」

照れたように笑う俊介が、また可愛かった。

(しかし、おかしな縁だ・・・)

「つーか、あんな親父、初めてみたぞ?俺。」

 「そうなんですか・・・」

確かに、俊介ではないが、何か因縁めいたものを感じた。

そして、予感のようなものを感じる。運命を・・・

 

「まあ、俺に慎吾ちゃんなんて呼んできたら気持ち悪くて、こっちがご辞退するけどな」

町田署の駐車場に車を停めて、慎吾は笑う。

「先輩・・・」

車から降りつつ、俊介は慎吾を見上げる。

「気にするな。別に俺、親父から愛情受けて育ってないとかじゃないんだから。お前とのああいうハイテンションは無いけど、

結構、一緒にオペラ観にいったり、クラッシックのコンサート行ったりしたぜ?」

「やはり、大人ですね・・・先輩は」

「あ。いつかお前とも行こうか?」

はい・・・・

笑顔で頷く俊介は、本当に可愛い。

「エスコートしてくださいね」

うん・・・・

この、弟のような、そうでないような微妙な存在が、慎吾には新鮮だった。

 

 

「先輩・・・聞き込みに張り込み、最近多いですね」

また、車で張り込んでいる俊介と慎吾・・・

「つーか、それが仕事だろう?俺達の・・・それでも、都心に比べりゃあ、大きな事件も無く、平和な方じゃないのかな」

「そうですか・・・」

「こうして動けるのも今のうち。警視庁に入ったら現場から遠ざかるしなあ」

はあぁ・・・・俊介が大きくため息をつく。

「なに?もう飽きたのか?」

「いいえ・・・」

日に日に憂鬱な表情をする俊介が、慎吾は非常に気になる。

「悩んでるなら、話してみろよ」

「実は、僕、父のように田舎の派出所の巡査したかったんです」

「親父さんみたいに?」

頷く俊介・・・・・

皆、危険な仕事を避けて、官僚を目指すというのに、俊介は逆だった。

「本当は、ただ、指示して命令してるだけの幹部なんて、なりたくないんです。もっと現場で市民の役に立ちたいから・・・」

「キャリアになって後悔してるんだ?」

そう言ってしまうと、せっかくの三浦副総監の好意を無にするので、そう言うことも、主張する事もできない。

「親父がしたことは、大きなお世話だったって事か?」

「いえ・・・」

俊介は言葉に詰まる。

「本当に、お前は奇特な奴だ。でもそれが警察官の本質なのかもしれないけどな。」

俊介は初心を思い出させてくれる・・・・

「人の役にたたない仕事なんてないだろ?お前が地方の派出所で頑張るのもいいけど、いっそトップに立って、

そう言う警察官を教育して、養成したら警察はもっと良くなると思わないか?モノは考えようだぞ」

ああ・・・・頷いては見るが、まだスッキリしない俊介の背中を、慎吾は叩く。

「心配するな。お前なら出来る。出来るから副総監が後押ししてるんじゃないか?ただの知り合いだからという理由で、

ひいきするような人じゃないぜ?俺の親父は・・・」

「そう思って頑張ればいいんですね」

ああ・・・・・

慎吾に言われると、本当にそうだと思えた。

安心できる・・・・

「先輩って、本当はいい人でしょ?」

「いや。いい人じゃないさ」

ははははは・・・・俊介は笑う

「悪い人は、自分の事、悪い人だなんて言いませんよ」

ぼーっとしているように見えて、そう言うところは聡い。そんな俊介だから、父は見込んだのだろうと思った。

「なんにせよ、後悔はしていませんよ。先輩にこうして逢えたし・・・ただ、不安になっただけです。」

そう、不安に・・・・

だんだん、市民のためより、慎吾だけのために生きて行きたくなる・・・

もう他はどうでもよくなってくる。

ただ、慎吾だけ傍にいてくれたら・・・それだけを願い始める自分が怖くて、焦っていた。

「だんだん、僕自身の幸せばかりを願うようになってしまう・・・それが怖くて」

「個人の幸せは、大事だぞ?お前が不幸で、周りが幸せになんかなれないだろう?お前を大事に思っている人たちは、

お前の不幸なんて望まないからな。少なくても、お前のおふくろさんとか、俺の親父とか・・・俺とか・・・」

はい・・・・うつむいて、泣いているのがわかる・・・・

そんな俊介にハンカチを渡して、慎吾は苦笑する。

あまりにも純粋すぎて、自分が傍にいてはいけないような気にさえなる。

しかし、守らなければ・・・

周りの穢れたものすべてから守りたい。

(親父も、そんな思いなのかもしれない・・・俊介と接するときのあの柔らかさは、彼自身が癒されているのだ。

そして、俊介に会い、初心を取り戻して、再び副総監としての位置に戻るのだろう・・・・)

そんな浄化の作用を俊介は我知らず持っていた。

美しい魂・・・

守りたいと思う反面、手に入れたいとさえ思う。

 誰にも渡したくないものが、出来た。

達彦を失った自分に、新しい最愛が生まれた・・・

それを認めるには、とても勇気がいる。しかし、確実に俊介は慎吾の心を侵食し始めている。

目の前の、俯いた俊介の白いうなじを見つめつつ、慎吾は途方にくれる。

達彦のように傷つけてしまわないか・・・

亡くしてはしまわないか・・・・

臆病になってゆく自分に戸惑う。

 

 

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