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昼食後の休み時間に、今日の聞き込みの報告書を書いている慎吾の所に、同じ課の金本がやってきた。

「三浦警視、稲葉どうですか?」

金本次郎、歳は慎吾と同じくらいだろう、ノンキャリアだが、昇進試験の準備を熱心にしていて、

そのせいか慎吾に関心大である。

今の階級は巡査部長。器用に何でもこなす。負けず嫌いで、体育会系の長身で筋肉質な外見と、知的な面を兼ね備えていた。

「悪くないね。今日の聞き込みに関しては、稲葉の誠実な態度と柔らかな物腰で、相手の緊張が解けて、

皆 良くしゃべるんだなあ・・・収穫は大だったよ」

へえ・・・年下の上司に彼は敵意を感じている。そして、同い年の上司、三浦慎吾には憧憬を感じていた・・・

「俺、三浦警視と組みたかったんですよ・・・」

「お前はデキるから、俺なんかいなくても大丈夫じゃないか?」

と言う事は稲葉はまだまだという事・・・・・金本は納得して自分の席に帰って行った。

「三浦さん、さすがですね・・・あの、金本さんを操縦するなんて」

隣の席の伊藤左千夫がささやく。

彼も金本の同期で、ともに昇進試験を受けて今、巡査部長である。が、金本は刑事課の主任で

彼はその部下と言う立場にあった。

金本とは対象的な長細いシルエットの、柔らかな印象の伊藤は、金本のライバル的存在である。

「稲葉をけなすでもなく、金本を上手く持ち上げて納得させるなんて・・・」

口八丁手八丁・・・この手の世渡りは、慎吾には、お手の物だった。

職場で敵など作ったことが無い。

「でも、稲葉って本当にデキるんですか?なんだか頼りないけど・・・」

将来の幹部としては不安が隠せない。

慎吾のように、外見的に貫禄があり、人間関係が上手いと周りは認めるが、八神達彦や、稲葉のように

優しい善良なイメージと、華奢な体格、丁寧すぎる態度は、反感をもたれることがある。

自分より弱っちろい、頼りない奴が、いとも簡単に出世してゆくのが耐えられないのだ。

「力任せに犯人捕まえるだけがサツじゃないだろ?稲葉がいると、印象が良くなるんだ。

俺みたいな威嚇的な雰囲気した奴の隣だと、中和されてちょうどいい。そういう役割も必要なのさ。それに頭はいいしな・・・」

そこで、伊藤は黙った。俊介が盆にコーヒーをのせて現れ、一人一人に配り始めた。

(新入りは大変だな・・・)

慎吾はそれを見つめている。

慎吾はお茶汲みを一度もしたことが無い。新米の頃から、何故か同じ課の女性刑事が代わりにしてくれた。

三浦君にこんな事させられないわ・・・・

皆そう言う。

そう思わせる何かがあるのだろう・・・・・・・

「先輩。どうぞ」

最後に慎吾の所にきて、コーヒーを置いた。

「報告書、僕が書きますよ・・・」

「じゃ、次は任せる」

ええ・・・

なんという癒し系なのだろうか・・・慎吾は達彦といるような気分になる。そして、寂しさを感じない。

「午後から、もうひと頑張りするぞ」

「はい」

 

 

「三浦先輩といると、色々勉強になります」

今日も俊介の部屋で慎吾は夕食を食べていた。

切干大根や、さばの味噌煮・・・こんな日本食がとても魅力的だった。

「たまには洋食も作りますね・・・」

「いや、洋食は外で食べれるからいい。」

「でも、先輩にこういうの、似合いませんよね・・・」

「メシをファッションで食うわけじゃないし。俺こういうの好きなんだ」

ああ・・・俊介は頷きつつ、味噌汁を飲んだ。

「確かに、大衆食堂に先輩がいたら、周りは、ひきますよねえ・・・だから、先輩は日本食に飢えているんだ・・・」

「というか・・・お前、いい婿になるぞ、きっと」

はははは・・・・・苦笑する俊介。

「そのうち、高級レストランでメシ奢るから。」

「いいですよ〜僕は、僕の作った料理を先輩が食べてくれるのが、一番の幸せなんですから」

「なに嫁みたいな事言ってるんだ?」

え・・・嫁・・・三浦先輩の? 一瞬、きょとんとした俊介は真っ赤になって俯く。

「でも、いつまでもお前の世話になってもいられないだろうな・・・そのうち彼女とか出来たら俺なんか・・・」

「そんな事・・・」

ありえないと思った瞬間、俊介はそう思った自分に驚いた。

「先輩こそ・・・メシ作ってくれる美人の恋人がそのうち出来て、僕なんか・・・」

今まで、ずっと一人だったのだろうか・・・慎吾はふとそう思う。

帰りの遅い母親、一人で自炊して食事して・・・

一人暮らしをはじめると、何から何まで一人・・・

慎吾には八神家があった。

いつも八神家に行って夕食を食べていた。美和子の作り置きしてある夕食を達也と達彦と一緒に温めなおして食べた・・・

達也や、達彦のおかげで寂しくは無かった。

「今そんな事言ってるけど、彼女できたら絶対俺、お邪魔虫だから・・・」

「そんな事ないですよ!先輩より好きな人なんて・・・」

自分が何を言っているのか判らず、俊介は混乱した。

「まあ、後輩に好かれるのは、悪い気がしないけどな・・・」

それは慎吾の本音だった。

確かに、昔からモテた。が、遊び慣れたような女しか寄ってこなかった。

こんなに一途で純粋な想いを投げかけられたのは初めてだ。

「でも、そんな事言ってると、あっちの人だと勘違いされるぞ?」

自らの動揺を、冗談で笑って隠した。

「まさか、男が好きってんじゃ無いんだろ?駄目だぞ、人の道踏みはずしちゃ・・」

自虐的な言葉だと、慎吾は内心自分を嘲笑った。

「いけませんか?男とか、女とか関係ないですよ!ただ、僕は先輩が好きなんです」

え・・・出会って3日で告られた・・・・

お互いまだ何も知らないだろうに・・・しかし、慎吾にはわかる。それは時間が問題ではないと言う事を。

何も知らないまま二人は魂が共鳴し合っているのだ・・・・

「俺も・・・稲葉の事、弟みたいに好きだぞ。なんだか、守ってやりたくなる」

こんな穢れない魂を、恋愛感情に引きずり込むことは躊躇われた。

「弟・・・ですか・・」

不満そうな俊介に、慎吾は心が痛くなる。

しかし・・・彼は、ここに来る前、ずっと弟のように保護してきた最愛の八神達彦に、秘めていた想いを告げてしまった。

そして、彼を襲ってしまった。幸いそこにいた達彦の恋人、鬼頭優希によって未遂に終わったが、

達彦を傷つけた事には変わりはない。もう、誰も傷つけたくは無い。

万が一、俊介が本当に、自分に恋愛感情を抱いていたとしても、彼を性的な対象にすることはできない。

(だって・・・こいつ絶対、まだキスもした事ないって感じだし・・・)

「そうですね、僕なんか・・・そういう対象になんて、なれる訳無いんだ。」

稲葉君・・・そういう対象て・・・どういう対象? 慎吾は今までありえないほど動揺していた。

「だって、お子様だし・・・色気ないし。」

「いや、そんな事ないよ」

「すみません・・・変な奴だと思ったでしょ。いきなり告白なんかして。そうなんですよ、僕、お兄さんが欲しかったんです」

稲葉・・・・抱きしめてやりたい衝動と慎吾は戦う。

「三浦先輩が男なんか相手にするはずないしね・・・」

「稲葉は、男相手にできるわけ?」

「判りません・・経験無いんで。でも初めてなんですよ・・・胸が苦しくて・・・切なくて・・」

かなり遅い思春期がやって来たらしい。

「じゃあ・・・こうしよう。メル友からはじめよう!」

それが何になるのか判らないが、この場を切り抜けたかった。

 

 

 

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